第295話

『今夜はナナルと一緒にお風呂よ? お兄たま』

 そんなメールが当たり前になってきている今日この頃が怖い。

(あくまで恋人ごっこ……ごっこ、なんだぞ? 肝に銘じろ? 僕……)

 具体的には言えないものの、恋人たちとのニャンニャンは内容がエスカレートしつつあった。本当にもうR15ですから。

 S女で体育を教えつつ、空いた時間で『僕』はプロデューサーの仕事に励む。

 マーベラス芸能プロダクションの第三スタジオでは、今日もKNIGHTSの面々がオカマのコーチに扱かれていた。

「まだまだ笑顔が硬いわよ、依織! 易鳥も!」

「は、はひっ!」

 ぎこちないなりに、易鳥の表情にも練習の成果が見て取れる。

(あの不器用な易鳥ちゃんを、もうここまで……さすが巽Pの紹介だなあ)

 研修生の綾乃もその手並みには感心していた。

「あれでオカマじゃなかったから、いいひとなんですけど……」

「オカマじゃないけど、僕もよく似たようなこと言われるよ」

 スクール水着の愛好家じゃなければとか、ブルセラマニアの変態じゃなければとか。

 休憩に入ったところで、『僕』はKNIGHTSのメンバーに声を掛けた。

「易鳥ちゃん、郁乃ちゃん、依織ちゃん! 頑張ってるみたいだね」

「また来たのか? 暇なやつめ」

 幼馴染みは素っ気ない一方で、郁乃や依織は歓迎してくれる。

「にぃにぃ! イクノちゃん、すっごく上達したんデス!」

「イオリも。全部あにくんのおかげだよ。感謝してる」

「いや、僕は何も……易鳥ちゃんが自爆した分をフォローしただけでさ」

「聞こえてるぞっ!」

 コーチの宍戸直子も手応えを感じているのか、オカマスマイルに充実感があった。

「もともとリズム感や体力はあるから、この子たち、ダンスを憶えるのが早いのよォ。ワタシも教え甲斐があるワ。ウフフッ」

「は、はあ……」

 ちょっと『僕』も苦手かなあ、このひと……。

 それでもKNIGHTSの演出面が強化されているのは事実で。

 易鳥も自覚はあるのか、以前ほど宍戸直子に突っかかったりはしなかった。

「イスカたちの目的は新曲だったんだが……まあ、近いうちにSHINYに引導を渡してやるとも。覚悟しておけ?」

「楽しみにしてるよ。易鳥ちゃんは特訓で伸びるタイプだからね」

「な……っ! お、お前はまた!」

 『僕』は正直に答えただけなのに、怒られる。

 郁乃と依織がひそひそと囁きあった。

「危なかったデスね……にぃにぃが今はぬいぐるみで、助かったデス」

「ニブいところは変わらないね。変身してても、してなくても」

 何のことやら……と首を傾げていると、研修生の綾乃が宍戸直子に話しかける。

「赤の他人の宍戸さん。少しいいですか?」

「他人のフリで通したいんじゃなかったの? アナタ」

 調整中の企画で、先輩の意見を聞きたいらしい。

 その間、『僕』はKNIGHTSのメンバーと近況を報告しあった。

「にぃにぃ、SHINYのほうはどんな感じデスか? ボーカルレッスン」

「菜々留ちゃんと里緒奈ちゃんは安定してきたよ。問題はキュートで……美香留ちゃんはもうひとつのトレーニング次第、かな」

「じゃあ今のところ、合格ラインに達してるのは恋姫だけ?」

「うん、まあ……巽Pは恋姫ちゃんも伸ばす気満々みたいだけど」

 やはりライバルとして、郁乃も依織もSHINYを意識しているようで。

「こっちは今、依織ちゃんと易鳥ちゃんがイクノちゃんを追っかけてるんデス」

「ダンスはほんと、マジカル体操くらいしか……」

 ちなみにマジカル体操とは、マギシュヴェルトにとってのラジオ体操みたいなもの。

 天音騎士団で天音魔法が使えるのは、あくまで団長の家系だけ。団員の郁乃や依織はアシストする程度――とはいえ歌唱力は高い。

 そんな彼女たちを率いるリーダーの易鳥が、眉根を寄せる。

「それよりお前、今の自分に疑問はないのか?」

「え? 易鳥ちゃんがそれ言うの?」

「どういう意味だっ!」

 自分に疑問……?

 ぬいぐるみの中では断トツにイケメンすぎることだろうか。うーむ。

 易鳥が腕組みのポーズでむすっとする。

「そのフザけた格好のことだ。イスカに会う時は変身するなと、言ったはずだぞ」

 それを依織が面倒くさそうな棒読みで宥めた。

「いやいや、易鳥。あにくんは修行の都合で変身してなくちゃいけないから。変身を解いていいのは、魔法の修行と関係がない時だけ……だよね? あにくん」

「うん。ボーダーラインは割とアバウトだけど」

 対し、不満げに口を尖らせるのは郁乃。

「ぶーぶー。イクノちゃん、にぃにぃには男の子でいて欲しいのに……」

「だろう? ぬいぐるみに面と向かって話してる、こっちの身にもなってくれ」

「そこは慣れてもらうしか……」

 そう答えるほかにないものの、易鳥たちの戸惑いも理解はできる。

 マギシュヴェルトの魔法学校で、『僕』はずっと人間の姿で過ごしていた。だから易鳥たちにとって、ぬいぐるみの『僕』が相手だと違和感が先行するのだろう。

「妹はともかく、SHINYのメンバーは何か言わないのか?」

「それが……元の姿は心臓に悪いから、なるべくこっちの姿でいて欲しい、ってさ」

「……は? 何だ、それは」

 しばらくして、綾乃が『僕』のもとへ戻ってくる。

「シャイP、例の件を」

「綾乃ちゃんが立案した企画だから、綾乃ちゃんから説明してあげてよ」

「そうですか? でしたら……」

 大型新人は咳払いを挟んでから、KNIGHTSのメンバーにそれを伝えた。

「急な話ですが、明後日、KNIGHTSにも参加して欲しい企画があるんです」

 リーダーの易鳥は平然と言ってのける。

「明後日か。空いてたよな? 依織」

「芸能人のスケジュールとして異常だってこと、気付いてくれないかな……」

「ほんと、易鳥ちゃんこそ『自分に疑問を持つ』べきデスね」

 依織と郁乃が呆れるのも当然だった。

 KNIGHTSはプロデューサーもマネージャーも不在で、ライブコンサート以外のスケジューリングは片っ端から破綻している。

 タレントの急病などで宙に浮いた企画があれば、KNIGHTSにまわす――そんな綱渡りで今まで繋いでこられたのだから、信じられない。

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