第294話
「ま、まあ? リオナたちも割と好きにやってるんだし? Pクンがちょっとくらい羽目を外しても、大目に見てあげようってことね。うん」
「どのみち、おにぃは変身してんでしょ? ならいいじゃん」
人畜無害の妖精さんであることも考慮され、『僕』の課外活動は認められる流れに。
メイドの陽菜がぱんっと手を鳴らした。
「――ですのでっ! お兄さん先輩、夏休みはヒナの体操部もお願いできませんか?」
思いもよらない提案に『僕』はきょとんとする。
「エッ? 体操部も?」
「その……実はもう先輩たちに『P先生を説得する』って言っちゃったんですの」
しかも、すでに体操部の部員はそのつもりらしい。
つまり夏休みは『僕』が、水泳部とチア部に加え、体操部まで指導するってこと?
「レオタードの女の子に……手取り足取り、レッスン……?」
「妄想が駄々洩れよ? Pくん?」
当然、この夏は忙しかった。SHINYの未来が懸かっているのだから。
しかし……しかし女子高生のチアガールやレオタードに胸がときめくのも、また事実。
(それに世界制服の参考になるかも……あ、こういうのこそ口に出さないと)
「世界制服の参考になるかも……」
「今、変な間がなかった? なんか誤魔化してない?」
メイドであり体操部でもある陽菜が、祈るように両手を合わせた。
「ぜひ体操部に来てくださいですの! ご主人様っ」
妹の美玖とは一転、熱烈なまなざしでまっすぐに見詰められては、拒否などできるはずがない。とりあえず『僕』は検討という形で受け入れる。
「まあ考えておくよ、うん」
里緒奈たちは小声で囁きあっていた。
「レオタードね……」
「レオタードだわ」
やだなあ、この空気。
時間を理由に『僕』はメンバーを急き立てる。
「……と、そろそろ時間だよ? 陽菜ちゃんも着替えて、着替えて」
「はいですの」
「あーあ。今日は一日、学校かあ……」
まだ梅雨の空模様が気になる、六月の中旬。
SHINYは学校にレッスン、アイドル活動と大忙しだ。
☆
昼休み、S女の一年三組にて里緒奈たちは緊急のミーティングを始める。
「お待たせー。みんな」
「こっちよ、美香留。美玖と陽菜にはバレてない?」
「うん、多分。美玖ちゃんもメイドさんも、クラスの友達と話し込んでるもん」
ミーティングの参加者は里緒奈、恋姫、菜々留、美香留の4人。
議題はケータイで伝えた通りだ。
「それじゃ、新たなライバル……陽菜ちゃんについて」
まずは菜々留が所見を述べた。
「易鳥ちゃんたちが出てきた時、まさかとは思ったのよ。こっちの世界にも、お兄たまの昔馴染みがいたりするんじゃないか、って……」
すかさず里緒奈が指摘する。
「そこよ。あの子は別に美玖ちゃんと友達ってわけじゃないのよね? なのに、どうして男の子のほうのお兄様と面識があるわけ?」
「レンキたちだって、お兄さんの正体を知ったのは最近だものね」
恋姫に続き、美香留も自分なりの意見を出した。
「中学校っていうのが同じなんっしょ? そこで知り合ったんじゃない?」
つまり彼は、自分たちが中学生の頃、余所では人間の姿で過ごしていたことになる。
「お兄様、リオナたちとはデビュー以前……小学生の時分からの付き合いだけど。こっちはずっと、ぬいぐるみの妖精さんだと思ってたのよね」
「ナナル、小さい頃はあのぬいぐるみを『お兄たま』って呼んでたのねえ……。当時はまるで違和感がなかったのは、どうしてかしら」
「認識阻害っしょ? そのへんも」
話が脱線しかけるのを、里緒奈が修正。
「じゃあリオナたちの知らないところで、変身を解いて?」
「で……その時に陽菜と出会った、と」
とりあえず、彼が人間の姿で陽菜と出会ったことは確実だった。
「おにぃとは何回も会ってるって、言ってなかったぁ?」
「う~ん……お兄様も憶えてたし、それなりに交流はあったっぽいわね」
そして、おそらく陽菜は彼に胸キュン。
「お兄さん、人間になると、中身まで男の子らしくなるから……」
「普段のお兄様はどんなイメージなの?」
「スケベ」
「美玖ちゃん用のサンドバッグ?」
あのスケベのサンドバッグが美男子になってしまうのだから、困りもの。
仮に『パンツを見せて』と言われても、ぬいぐるみの彼なら蹴り飛ばせば済む。しかし同じ台詞を男の子のほうの彼に囁かれたら、恋姫も菜々留も自らスカートを捲るはず。
問題は、彼にそのあたりの自覚がないことで。
美香留が難しい顔つきで腕を組む。
「昨日の今日でメイドさんになって、体操部に招待して……ぱっと見、おとなしそうな女の子なのに、グイグイ押してくるよねー」
「それそれ! リオナたちだっているのにさあ」
「……っ!」
はたと菜々留が顔色を変えた。
すぐには語らず、皆の視線を集めてから答える。
「昨夜のも、今朝のも、お兄たまへのアプローチであると同時に……ナナルたちへの宣戦布告だったんじゃないかしら?」
唇に指を添えて考え込むのは、恋姫。
「……かもしれないわね。あの子の立場なら、もっと焦ってもよさそうなのに」
「上等じゃないっ!」
里緒奈は立ちあがると、ぎゅっと拳を握り締めた。
「こっちだって負けてらんないわ。アイドルパワーで、お兄様のハートもゲット!」
「ミカルちゃんも! 次こそ絶対、キュートに邪魔はさせないんだから」
その名に恋姫はまたも眉をひそめる。
「キュートもいたわね……。あと最大の壁として、美玖も」
「何しろ美玖ちゃんはお兄たまの『妹』だもの」
妹――ライバルになるはずがないその存在こそが、里緒奈たちにとって今、もっとも大きな懸念となっていた。
「お兄様はまだ知らないんでしょ?」
「KNIGHTSの易鳥たちにも改めて口止めしておかないと……」
「あっちは依織ちゃんがいるから、大丈夫っしょ」
里緒奈たちは頷きあい、中央で手を重ねる。
「キュートちゃんにも陽菜ちゃんにも負けないわよ!」
「「お~っ!」」
ミーティングの結果、陽菜の動向は今後とも警戒することに。
一段落したところで、美香留が暢気な声をあげる。
「……でさあ? ついでに、みんなに聞いときたいんだけど」
「何かしら? 美香留ちゃん」
「具体的におにぃと『どこまで』行ったら、ミカルちゃん、みんなに並べるわけ?」
ほかの三人が俄かに赤面した。メーターの目盛りが上昇するかのように。
「えぇーっと……それは、その……」
「ま、また抜け駆けしてないでしょうね? 里緒奈っ?」
「困ったわねえ……ナナルの口からは、ちょっと」
「だからあ。そのラインが『どこ』なのか、ちゃんと教えてってば」
クラスの全員が聞き耳を立てていた。
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