第293話

 制服姿で合流しつつ、妹の美玖が呆れる。

「合鍵を渡したら、昨日の今日で……意外にアグレッシブなのね。あなた」

 ゲートは実家の中にあるため、陽菜にも合鍵を持たせたとのこと。

 里緒奈や菜々留は渋々と折れる。

「まあゲートを通ったほうが学校も近しい、いいんじゃない? 登校する分には」

「問題はお兄たまへのアプローチよねえ……侮れないわ」

「え? 僕がどうかした?」

 ぬいぐるみの真顔で口を挟むと、全員の溜息が重なった。

「「はあ……」」

「……?」

 気を取りなおして、『僕』はSHINYのメンバーに発破を掛ける。

「さあさあ! お仕事で休みがちなんだから、今日はしっかり勉強してくるんだぞー」

「はぁ~い」

 気のない返事も重なった。

 どうもメンバーのモチベーションが下がり気味らしい。高校生活が適度なリフレッシュになれば、とは『僕』の思うところ。

 そんな中、美香留だけは元気に手を挙げる。

「おにぃ、おにぃ! ミカルちゃん、チア部に入っていーい?」

「え? いきなりだなあ」

 『僕』のみならず、里緒奈や美玖も目を点にした。

「美香留ちゃん、リオナたちと同じ水泳部にするって言ってなかった?」

「どうしてまたチア部なのよ? 別に構わないけど……」

 美香留は立ちあがり、両手を腰に当てる。

「だーってぇ、水泳部にはいつでも遊びに行けるしぃ? チアって可愛いっしょ?」

「水泳部だって真面目に練習してるのよ? ……部員によるけど」

 まるで思いつきのような動機に、恋姫は何か言いたげ。

 しかし菜々留は好意的に受け止めた。

「いいんじゃないかしら? SHINYのメンバーだからって全員が全員、同じクラブ活動じゃなくても。それにチア部の美香留ちゃん、ナナルも見てみたいわ」

「でしょ! ねっ、里緒奈ちゃんも!」

「んーまあ、水泳部でチア部の応援に行くのも、面白そうね」

 『僕』は内心、ほっとする。

(みんな、ちゃんと高校生って自覚があるんだな)

 芸能人というステータスに甘んじて、学校生活を疎かにする――そんなアイドルグループの話は珍しくなかった。

 人気と需要があるうちは、それでいい。

 だがアイドルを卒業した時、その活動期間は丸ごと空白になる。

 空白だ。何もしていなかったのと同じになる。

 そういった元芸能人が辿る末路は、言うまでもないだろう。

 だからこそ『僕』はMOMOKAの大学受験を支援し、SHINYの高校生活もできる限りサポートしていた。マーベラス芸能プロダクションもこのあたりのノウハウを欲しがっており、『僕』の方針を尊重してくれている。

「部活は美香留ちゃんの好きにしていいよ。ただ、怪我だけはしないようにね」

「は~い!」

 あと、美香留がチア部で安心した。テニスだと試合の相手が死ぬし、陸上だと世界記録を塗り替えかねないもんなあ……。

 その美香留が『僕』を見詰め、つぶらな瞳を瞬かせる。

「でさあ、おにぃ? チア部のセンパイたちがね、夏休みはおにぃに練習、見て欲しいって言ってるんだけど……」

 もちろん『僕』は快諾した。

「ああ、去年と同じパターンだね。空いた時間で教えるよ」

 すると、恋姫が軽蔑の視線を突き刺してくる。

「何が何でも女子高生の部活動に関わるつもりなんですね……死んでくれませんか」

「ちょ、ちょっと? なんでそんなに怒ってるの?」

 うろたえるしかない『僕』に、里緒奈も不信感をぶつけてきた。

「ほんっと、プロデューサー業に専念しようと思わないわけ? Pクン」

「ナナルたちの高校生活をサポートするにしても、必要のない業務よねえ……」

 菜々留は頬に手を当て、わざとらしい溜息をつく。

 ここぞとばかりに妹が仕掛けてきた。

「ほらね? 兄さんは女子高生と遊びたいだけで――」

「いや僕も十八――」

 と反論しようと口を開きかけたタイミングで、メイドの陽菜が挙手。

「あ、あのっ。部外者のヒナがこう言うのも何ですけど……」

 遠慮がちな彼女に里緒奈がフォローを入れる。

「そこは気にしないで? えーと……陽菜ちゃん、だっけ」

「ありがとうございますの、里緒奈さん。で……その、お兄さん先輩のお仕事についてなんですけど。プロデューサーのお仕事一辺倒じゃ、かえって行き詰まると思いますの」

 『僕』に対して基本はアウェイの恋姫が、感心する調子で頷いた。

「わからなくもない……かしら。息抜きもして、気持ちに余裕を持たせたほうがいいってことでしょう?」

「桃香さんだって、受験勉強の合間にモデルのお仕事やってるものねえ」

 一方で美玖は反論を続ける。

「だったら、そこのテレビゲームでいいじゃないの」

「ま、待って? 美玖。さすがにみんなの前で美少女ゲームは、ちょっと……」

「あれ? Pクン、この間の恋姫ちゃんと同じこと言ってない?」

「乙女ゲームを美少女ゲームと同じにしないでっ」

「要はゲームでも女の子と遊びたいのね? お兄たま」

 この一連の会話で『僕』も恋姫も墓穴を掘ってしまった気がするが、それはさておき。

 菜々留があくまで公平な立場で続ける。

「実際、去年はPくんが夏休みに指導したおかげで、チア部は大躍進したそうよ。今年も教えて欲しいってお話が来るのは、当然よね」

「お兄さん、教えるのだけは本当に上手ですから……はあ」

「そーよねー。リオナたちもお風呂で上手に――じゃなくて! 今のはなしで!」

 またも妹の視線が鋭く、冷たくなった。

「クズね」

 もう少し優しいまなざしでお兄ちゃんを見て欲しいものだ……。

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