第292話

 里緒奈が怪訝そうに呟いた。

「美玖ちゃんと中学が同じってことは、リオナたちとも同じってことでしょ? でもリオナ、一回も会ったことないんだけど?」

「ナナルも記憶にないわ。本当に同じ中学?」

 その疑問には妹が答える。

「ずっとクラスが違ってたのよ。ミクとは委員会が一緒で」

「なら、会ったことがないのも頷けるわね」

 ひとまず全員が納得。

 ついでに『僕』は採用の理由を付け加える。

「陽菜ちゃんなら同じS女だし。帰りが多少遅くなっても、ここのゲートで家の近くまで跳べるでしょ? 無理なく手伝ってもらえると思ったんだ」

 この人選が間違っていないことには、恋姫も同意してくれた。

「確かに……レンキたちと中学が同じだったということは、家も近いわけですね」

 一方で美香留は追及を続ける。

「でもさあ、それなら家政婦さんでいいっしょ? なんでメイド?」

「お兄たまが執事になっても、いいはずよねえ」

「お兄さんの執事は一考の余地があります」

「恋姫ちゃん? 乙女悩で話の腰折るの、やめない?」

 その件について『僕』は潔白を訴えた。

「いやいや……僕はほんと、お手伝いさんのつもりで採用したんだよ。でも、陽菜ちゃんがメイド服を見つけて……うん」

 新米のメイドが可愛いガッツポーズを決め、嬉しそうに微笑む。

「お兄さん先輩……ううん、ご主人様のためなら、何だって頑張っちゃいますの!」

 里緒奈たちがギギギ……と首を動かし、『僕』を見据えた。

「ご・主・人・様ァ……?」

 目が怖い。漫画に喩えるなら、黒目の部分がベタ塗りになってる感じ。

「だ、だから……僕が頼んだわけじゃ……」

 さらに妹の美玖が、メイドさんについて補足する。

「その子、体操部なのよ。体操部」

「それって、レオタードが目当てじゃないの!」ないですか!」

「へびゃっぶらぁ!」

 里緒奈と恋姫の鉄拳を左右から受け、ぬいぐるみの『僕』は砂時計の形になった。

 この括れが……セ、セクシーだろぉ?


                  ☆


 『僕』とて学習する。

 美香留も言っていたように、不意に変身が解けた際に素っ裸では、状況次第で詰む。実際、『僕』はS女で逮捕されたこともあった。

 特に寝ている間は無防備だ。

 いつ妹(キュート)が忍び込んできて、『僕』の変身を強制解除するとも知れない。これもまた経験済みのことで、実のところ己の操に自信がなかったりする。

 そんなわけで就寝の際は変身を解き、パジャマを着ることに。

 これならキュートに脱がされるにしても、丸裸になる前に起きられるだろう。多分。


 そして朝を迎え、瞼の向こうに陽光を感じた。

「うぅ~ん……?」

 誰かが窓のカーテンを開けたらしい。

 その眩しさに急かされるように『僕』は目を覚ます。

「お目覚めですの? ご主人様」

 傍には何とも可愛らしいメイドさんがいた。

 前屈みになって豊かな巨乳を揺らしつつ、『僕』を覗き込む。

「ヒナは朝食の準備を致しますので、ご主人様はお顔を洗ってきてくださいね」

「う、うん……顔は洗うけど……」

 突然のことに『僕』は混乱してしまった。

 SHINYの寮にメイドさんがいるのはわかる。雇ったからだ。

 しかし彼女に任せたのは掃除と、洗濯と、あとは夕飯の支度だったわけで。

 朝一に、それも『僕』の部屋にいるのがわからない。

「どうしたの? 陽菜ちゃん。こんな朝早くから」

「ご主人様のお世話に来たんですの」

「いや、お世話して欲しいのは僕じゃなくってね? えっと……」

 とはいえメイドさんを眺めるうち、細かいことはどうでもよくなってきた。

 可愛いメイドさんのいる生活――変身でハイになっているわけではない『僕』でも、男心をくすぐられる。

「じゃあ、顔を洗ってくるよ。ほかのみんなも起こしてあげて」

「はいっ! 畏まりましたの」

 メイドの陽菜は丁寧にお辞儀までして、わざわざ扉を開いてくれた。

 その隙間から訝しげな視線が入り込んでくる。しかも複数。

「ふぅーん? メイドさんに起こしてもらってぇ……それで次は? お兄様」

「こんな朝っぱらから、女の子を連れ込んで……何考えてるんですか?」

「やあねえ。プロデューサーがこんなにだらしないようじゃ、先が思いやられるわ」

 里緒奈、恋姫、菜々留が三段重ねで『僕』を待ち構えている。

「いや、その……これは陽菜ちゃんが……」

「遺言はそれだけ?」

 日常会話で『処刑』とか『遺言』って、おかしくない?

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