第291話
恋姫が冷ややかな視線で『僕』をねめつける。
「デビューさせてあげるとか言って、また騙したんじゃないんですか?」
「ち、違うってば! 僕を信じて! てゆーか『また』って何?」
「またおっぱい要員じゃないの」
里緒奈も完全に『僕』を疑っている面持ちだ。なぜ……。
菜々留はメイドのエプロンドレスに目を留める。
「それ、前にSHINYで着たメイド服よねえ? よく似合ってるわ」
「あ、えぇと……ありがとうございますの」
その言葉通り、陽菜にはフリル満載のメイド服が抜群に似合っていた。豊満なプロポーションを清楚に飾りつけた見目姿には、花束のような華やかさがある。
もちろんスカートは丈をぎりぎりまで短くして、ニーソックスとの間に『絶対領域』を確保していた。むっちりとしたフトモモが否が応にも『僕』の視線を――はぁはぁ。
「おにぃ、おっぱいがおっきい子でも、やっぱフトモモなのぉ?」
「いやいや。おっぱいが大きいからこそ、フトモモの魅力が――ハッ?」
ぬいぐるみの『僕』の脳天を、恋姫の肘鉄が押し潰す。
「いい加減にしてください! この変態ッ!」
「んばぶっ?」
「要するに、エッチ目当てで陽菜ちゃんを言葉巧みに連れ込んだのね? お兄たま」
菜々留のあけすけな物言いを聞き、メイドの陽菜は我が身をかき抱いた。その腕の中で巨乳がむにゅうとひしゃげる。
「あのぉ、その……お兄さん先輩は悪くないんですの。ヒナが……このメイド服も、ヒナが勝手にお借りしてるだけで……」
やれやれと嘆息しつつ、美玖が仲裁に入った。
「はあ……。とりあえず兄さんの話を聞きましょ。処刑はそのあとで」
「処刑? もう僕の有罪は決まってるの?」
「存在自体がセクハラじゃないですか」
まだまだ『僕』を罵らずにいられない恋姫や里緒奈も、ひとまず手を降ろす。その手でどんなパンチやアッパーを繰り出すつもりだったのやら。
『僕』は安全圏の美香留のほうへあとずさりながら、事情を説明。
「えぇと、実は――」
先日のことだ。
パンツ事件の反省も兼ねて、この数日、『僕』は人間の姿で生活している。
その姿でS女の門前を通り掛かることも。
(警備隊にでも見つかったら、大変だぞ? 気をつけないと……)
侵入者としての前科があるだけに、どうしても早足になる。
そんな『僕』の背中を誰かが呼び止めた。
「あ、あのっ! 待ってください、お兄さん先輩!」
「……え?」
振り向くと、そこには見覚えのある女の子。
妹と同じ中学校の出身で、確か今も妹と同じ一年一組の、陽菜だ。何やら頬を染め、おずおずと『僕』の傍へ歩み寄ってくる。
「お、お久しぶりですの。美玖ちゃんのお兄さん……ヒナのこと、憶えてませんか?」
「もちろん憶えてるよ、陽菜ちゃん。何度か話したこともあるからね」
「そうですの? よかった……」
ヒナは豊かな胸に手を添え、一息。
「それで? 僕に何か?」
「あ、はい。お兄さん先輩に会えたら、と……えぇと」
そして『僕』を上目遣いで仰ぐと、思い切りよく口を開いた。
「そのっ! お兄さん先輩のお仕事、ヒナにもお手伝いさせてくださいっ!」
その申し出を受け、現在に至る。
「――そんなわけで、陽菜ちゃんには寮の家事全般を手伝ってもらうことにしたんだ。みんな、しばらくの間、夕飯の当番とか気にしなくていいからネ」
正直なところ有難かった。
これから夏に掛け、SHINYのアイドル活動はますます忙しくなる。しかし生活面を専門のスタッフに補ってもらえれば、余裕も出てくるだろう。
そのはずが、里緒奈たちは一様に落胆していた。
「お兄様が男の子でいると、こういうパターンもあるわけね。はあ……」
「面識はあるみたいねぇ。お兄たまったら、いつの間に……」
「マギシュヴェルトのほうでも、こうだったんでしょう? 美香留」
「あー、そういうことかあ。ミカルちゃんも今、納得」
妹の美玖がノートパソコンを畳む。
「まあお手伝いの件はいいとして……。あなた、兄さんがぬいぐるみに変身してるって、知ってたの? コレが女子更衣室に出入りしてるって」
「生徒の更衣中は出入りしてないから! ねっ?」
「出入りしてる時点でアウトでしょー?」
世の女子高生がどれだけ更衣室を散らかすと思ってんの? せめてゴミ箱に入れるくらいの意識は持とう? 生理用品とかさあ……。
陽菜が照れ笑いを浮かべながら、人差し指を突っつき合わせる。
「美玖ちゃんのお兄さんとは中学時代に何度か……何度も会ったことあるんですの」
「言いなおしたわねえ。今」
「だから、体育の先生は別のお兄さんなのかな? と思ってたんですけど……お兄さん先輩が変身してたんですのね。ヒナ、びっくりしちゃいましたの」
つまり彼女にとって『美玖のお兄さん』はふたり存在していたわけで。
それが同一人物だと理解したため、もはや認識阻害に惑わされることはない。
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