第290話
イベント自体は大成功だったのに、酷い目に遭ったもので。
シャイニー号の中で、プロデューサーの『僕』はメンバーにお説教していた。
「魔法のアイテムは安易に使っちゃだめだよ。今回はあれくらいで済んだから、まだよかったけど……何が起こるかわからないんだからさ」
「はぁ~い」
里緒奈、菜々留、恋姫の三人は正座の姿勢で頭を垂れる。
美香留は寝転んで漫画を読んでいた。
「おにぃのママが送ってくれた、香水? なんでそれをパンツに使ったのぉ?」
「そ、それは……正しい用法のはず、だったんだけど……ね?」
里緒奈の言い訳は普段よりも歯切れが悪い。
マネージャーの美玖は素知らぬ顔でノートパソコンを叩いている。
「どうせまた兄さんが仕込んだんでしょ?」
「違うってば! 美玖はもう少しお兄ちゃんを信用しよう?」
「おにい……ちゃん……?」
嫌そうな顔をするんじゃない。
とはいえ『僕』も黒幕の存在には気付いていた。
(なんか最近、母さんが変なモノ送ってくるんだよなあ……あの枕とか)
マギシュヴェルトに住む母が、何やら余計なお世話を焼いてくるのだ。それも、『僕』と里緒奈たちの関係に刺激を与える方向で。
父親がアホなのは、『僕』も美玖も昔から知っていた。母親を半ば強引にマギシュヴェルトへ連れていき、これまた強引に結婚したという。
ストックホルム症候群じゃないのか。
一方、母親はこちらの世界で生まれ育っただけに、常識人だった。
(異性を引っ張り寄せる香水を、パンツに……なあ……)
その母親がスケベ枕やスケベ香水を送ってくるのが信じられない。マギシュヴェルトのほうで何かあったのだろうか。
「母さんからの贈り物は、必ず僕か美玖に確認してもらうこと。いいね?」
「はーい」
里緒奈たちも今回は懲りた様子で、素直に頷いた。
恋姫がケータイで時刻を確かめる。
「もう五時過ぎ……今からお夕飯の買い出しに行ったとして……」
その隣で菜々留が溜息をついた。
「お仕事が忙しいと、どうしても遅くなっちゃうわねえ」
「別に外食で済ませてもいいんじゃない? 連続しすぎても、アレだけどねー」
里緒奈の言うこともわかる。
夏に向け、SHINYのアイドル活動は日に日に忙しくなってきた。巽Pによるボーカルレッスンもあって、学業のほうも二の次になりがちだ。
炊事や洗濯といった生活面の雑務が、大きな負担になっている。
しかし『僕』はぬいぐるみのサイズで、あえて胸を張った。
「心配しないで。そのあたりはクリアできそうだからさ」
「わかった! おにぃが魔法でババーンって、やってくれるんっしょ?」
「それができたら、修行してないってば」
間もなくシャイニー号は寮へ到着。
中庭へ降り、玄関先のほうへまわり込む。
扉を開けると、愛らしいメイドさんが迎えてくれた。
「お帰りなさいませですの! ご主人様っ。お嬢様がたも」
「ただいまぁ~」
「みんな、今日もお疲れ様。恋姫ちゃんたちも当番はいいから、ゆっくりしててね」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
メンバーは一旦それぞれの部屋へ散り、改めてリビングで集合する。
そこへメイドさんがお茶を運んできた。
「お夕飯は六時半頃になりますの。もうしばらくお待ちください」
「ん、ありがと。……ところでさあ? Pクン?」
そのお茶に口をつけてから、里緒奈が『僕』に手招きする。
「なぁに? 里緒奈ちゃ……ふぇぐぅ?」
のこのこ近づいていったら、胸倉を掴むように締めあげられてしまった。
「気付かないとでも思ってるわけ? どうしてメイドさんがいるのよ、メイドさんが!」
「そ、そうです! いつの間に雇ったんですか!」
慌てて恋姫も食いついてくる。
「あらあら……恋姫ちゃんったら、今まで気付いてなかったのね」
「ミカルちゃんは気付いてたけどぉ……どう突っ込めばいいのか、わかんなくって」
菜々留と美香留も包囲網に加わり、『僕』に圧を掛けてきた。
問題のメイドはおろおろとするばかり。
「あ、あのぉ……お兄さん先輩を責めないでください。これはヒナが……」
「『お兄さん先輩』ってぇ、今度はどこの妹よっ? お兄様!」
「どこの妹って……ま、まずは放してえ~っ!」
やっとのことで『僕』は解放されるも、息を荒らげる。
「はあ、はあ……」
そんな『僕』の苦悶を尻目に、マネージャーの美玖が淡々と回答した。
「その子はミクと同じ一組の陽菜(ひな)。中学も同じだったわ」
「美玖? もう少し早く言ってくれても……」
メイドは緊張気味に自己紹介を始める。
「あ、あのぉ……初めまして、SHINYのみなさん。本日よりこの寮で家事をお手伝いすることになった、一年一組の陽菜と申しますの」
顔立ちにはやや丸みが残っており、舌足らずな喋り方もあって、幼い風貌ではあった。毛先を内側に巻いた髪が、柔らかそうな印象を与える。
しかし胸のボリュームはSHINYのメンバーに引けを取らず。
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