第289話 妹ドルぱらだいす! #5

 六月中旬、SHINYのライブイベントは運よく好天に恵まれた。

 魔法で天気を予測したうえでスケジュールを立てているとはいえ、確実ではない。それでも文句なしに晴れてくれるのだから、SHINYはお日様に愛されている。

 太陽の輝きで『SHINY』というわけだ。

 おかげでイベントは大成功。

 一部のファンはまだ興奮冷めやらず、『出待ち』狙いで陣取っている。

 憧れのアイドルを、せめて一目だけでも――そういった欲求から、会場の裏手などで待ち伏せするファンは存在した。

 ファンの行動としてはマナー違反なのだが、それもケース・バイ・ケース。

 今回のように許容し、サービスすることもある。

「菜々留ちゃんだ! 菜々留ちゃ~ん!」

「恋姫ちゃん! 今日は最高だったよ、ありがとう!」

 彼らとて、マナー違反に抵触しつつあると自覚はしているのだろう。闇雲に押し合いへし合いせず、警備員の指示にも耳を傾ける。

 そんな彼らの視線の先では、一台のワゴン車が停まっていた。

 リアドアの窓が開き、SHINYの里緒奈、菜々留、恋姫が顔を覗かせる。

 アイドルたちが手を振ると、ファンの声援が一際大きくなった。

「愛してるよ! SHINYっ!」

「次のライブも行くから! 頑張ってね!」

 しかし彼らは知らない。

 その窓こそが境界線で、こちらは大変な事態に陥っていることに――。


 先ほどまで運転席にいた『僕』は、認識阻害の都合で人間の姿だったりする。大勢のファンに『ぬいぐるみの妖精さん』で通すのは、骨が折れるからだ。

 と、そこまでは構わない。

 問題は今、『僕』の目の前で三人のアイドルがお尻を並べていることで。

「ちょ、ちょっとPクン? そんなとこ触っちゃ……!」

「おおっ怒りますよ? P君……ひやあっ?」 

 しかもスカートを腰まで捲しあげ、そのお尻をパンツ越しに撫でまわされていた。

 『僕』の手によって。

「ご、ごめん! でもこれ、くっついちゃって……ふもおぅ?」

 おまけに『僕』の顔面は今、菜々留のパンツに埋もれてしまっている。

「Pくん? んはぁ、しゃ、喋らないで? 息するのも……だ、だめぇ……!」

(死ぬって! いや、別の意味でも死にそうだけど?)

 つまり中央に菜々留、左に里緒奈、右に恋姫のお尻があって。

 その真後ろから『僕』は顔、左手、右手を突っ込ませている構図だった。

 そんな情事が繰り広げられているとは露知らず、ファンは声援に熱を込める。

「SHINY! SHINY!」

 そして情事を悟られまいと、平静を装うアイドルたち。

「お、応援ありがと(あっ)! またリオナたちに会いに来てね(んっ)!」

「レンキも一生懸命(くふぅ?)、頑張りますので(んあっ?)」

「ア、アルバムも楽しみにしてて……ね? ナナル、ほんとに……あっ、あぁあ?」

 しかし里緒奈や恋姫はまだしも、中央の菜々留はパンツ越しに『僕』の口付けを受け、敏感そうに身体を震わせる。

 その背徳感のせいで、鼓動が暴れるように跳ねあがった。

 大勢のファンの前で。

 アイドルたちのお尻とニャンニャン。

(死――)

 薄い本にこんな熱い展開があった気もするが、リアルでやるものじゃない。

 菜々留たちもその自覚はあるようで、必死に息を殺そうとする。

(とっ、とにかく手を……顔を離さないと!)

 魔法の力が働いているのは間違いなかった。

 おそらく彼女たちのパンツが引力を有し、『僕』を吸い寄せているのだろう。

 こちらは中指と鼻で、その生地に解除の魔法陣を描く。

「ひぁあっ?」

「ちょ、ちょっと……あふぅ!」

 そのたび、里緒奈や恋姫がつんのめった。

 パンツの生地が汗ばんできたせいで、だんだん息が苦しくなる。

「Pくんっ? んはぁ、早く……何とかしてぇ?」

 一方で、抵抗しているはずの菜々留の声が、また一段と甲高くなった。おねだりでもするような声色で、もどかしそうに腰をくねらせる。

「Pクン! 魔法使いでしょ? みんな見てる……見てるからあ!」

「ぜっ絶体絶命なんですよ? わかってるんですかっ?」

 里緒奈と恋姫も顔を赤らめながら、じたばたともがいた。それでも『僕』の手を剥がせず、不意に背筋を伸びあがらせる。

 幸いにして、『僕』の脳裏に閃きが走った。

(そ……そうだ! いっそ変身すれば)

 幾度となくエロピンチを乗り越えてきた経験が、『僕』に光明をもたらす。

 ぬいぐるみの身体なら、両サイドの里緒奈と恋姫には手が届かないはず。女の子の股座にぬいぐるみの顔を押しつけるのも、水泳部で毎日やっていること。

 アイドルたちの色香に翻弄されつつも、『僕』はぬいぐるみの妖精さんに変身する。

 その瞬間、三人のお尻が浮きあがった。

「きゃっ?」

「え? あの……」

「Pくん……ああっ?」

 そして三方向から、ぬいぐるみの『僕』に突撃してくる。

 ←タメ→+攻撃と、→タメ←+攻撃と、↓タメ↑+攻撃が一斉に。

「んぶっびゃらぶ!」

 お尻の中心で『僕』は哀を叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る