第288話

 ほかに彼の写真(人間の)を持っているとすれば――。

 翌日、里緒奈たちはKNIGHTSの易鳥を駅前の喫茶店へ呼び出した。

「いきなり『あいつの写真を持ってこい』などと……何を考えてるんだ? お前たち」

「お礼はするから。早く! 早く見せてっ」

「急かすな。えぇと……あぁ、イスカはコーヒーで頼むぞ」

 適当な飲み物を注文しつつ、易鳥が鞄の中からアルバムを取り出す。

「さすがP君の幼馴染みね……」

 案の定、アルバムは彼の写真でいっぱいだった。

 大半は魔法学校(こちらの世界でいう中学校)のものらしい。制服姿の易鳥と彼が、肩が触れあう近さで仲睦まじく映っている。

「これでいいわね。じゃあ」

「まっ、待て待て!」

 その一枚に恋姫がハサミを差し込もうとするのを、易鳥が慌てて止めた。

「大事な写真だぞ? ツーショットが悔しいからって……こ、この人でなしめっ!」

 菜々留が穏やかなのに黒い笑みを浮かべる。

「やっぱり恋姫ちゃん、ちょん切っちゃって? ……全部」

「ち、ちょっと……菜々留ちゃん? 恋姫ちゃんよりキレてない? それ」

 恋姫や菜々留の振り幅が酷いせいで、里緒奈は幾分、頭を冷やすことができた。

 ちなみに写真の中、郁乃と依織は隅っこで見え隠れするだけ。

「……あなたも大概よね。易鳥……」

「言いたいことがあるなら、ハッキリ言ったらどうだ? コイヒメ」

「恋姫ちゃんの名前も、そろそろ憶えてあげて?」

 改めて里緒奈たちは彼の写真を要求するも、易鳥は意固地になってしまった。

「ふ、ふんっ! もう少し殊勝な態度で来るなら、こっちも考えたんだがな。お前たちなんぞに絶対、やるものか」

「ええ~? いいじゃない、写真の一枚くらい」

「できれば、Pくんひとりで映ってるのが欲しいのよ。持ってない?」

「だから話を聞けっ!」

「あのぅ……お客様? ほかのお客様のご迷惑になりますので」

 結局、易鳥からの収穫はゼロ。

「そんなに欲しいなら、撮らせてもらえばいいだろう」

「それができたら苦労しないんだってば」


 しかし駄目で元々、本人に頼んでみたところ、二つ返事が返ってきた。

「変身を解いた時の? それくらい構わないけど……こっちの僕じゃなくって?」

「うんうん! そっちのPクンに用はないの」

「傷つく言い方だなあ……」

 寮の自室でプロデューサーは変身を解き、一階のリビングへ降りてくる。

「でも僕の写真が必要だなんて……おまじないにでも使うの?」

 その爽やかな笑みと、艶めかしい声音が、一瞬のうちに里緒奈たちの胸を貫いた。

「~~~っ!」

 恋姫や菜々留も赤面し、熱っぽい視線を泳がせる。

(こっちのお兄様は自覚なしにこれだから! 心臓に悪すぎっ!)

 高鳴る胸を抑えながら、里緒奈たちは何とか撮影をスタート。

 欲張って五枚、六枚と撮り、心の中で快哉をあげる。

「ありがとう、お兄様!」

「お手間を取らせました。お兄さん」

「本当に助かったわ。お兄たま」

 ライバルへの牽制を兼ねて、妹アピールも忘れずに。

(やったわ! お兄様の写真、ゲット!)

 いよいよムフフ枕の真価を試す時が来た。

 もちろん、写真のうち一枚は生徒手帳の中に忍ばせておく。


 ムフフ枕を使う順番は、ジャンケンで決めることに。

「え? まさか恋姫ちゃんもお兄様とエッチする夢、見たいわけ?」

「さ、最後の最後でレンキを除け者にしようなんて、させないわよ? 里緒奈」

「チッ。……じゃあ一発勝負、恨みっこなしよ?」

「待って? 菜々留ちゃん今、舌打ちしなかった? したよね?」

 結果、今夜は里緒奈から。

「やった、やった! 明日の朝には感想、聞かせてあげるから」

「レンキは明後日の夜ね……」

「枕カバーは替えてもいいそうよ。うふふ」

「……涎を前提にしてない? それ」

 所詮は夢――とはいえ、里緒奈とて年頃の女子高生。期待せずにいられなかった。

(そ、そーよね? お兄様だってリオナたちをオカズにしてるって、美玖ちゃんが言ってるくらいだし。こっちだって……)

 入浴を済ませたら、勝負下着を着け、ベッドの中へ。

 ムフフ枕の下には彼の写真を敷いておく。

「おやすみなさ~い」

 そして消灯。

 少し寝付けなかったものの、やがて里緒奈は夢の世界へ――。


                   ☆


 翌朝、菜々留と恋姫が興味津々に尋ねてくる。

「里緒奈ちゃん! 昨夜はどう? お兄たまは出てきたの?」

「やっぱりすごかったんでしょう? ……あ、レンキは参考程度に聞いてるだけで」

 けれども当の里緒奈はガッカリ感に苛まれていた。

 半目がちに顔をあげ、正直に打ち明ける。

「なんてゆーか、うん……いつもお風呂でやってることだし? それなら、お風呂で本物のお兄様にぎゅってしてもらうほうが……ねえ?」

 菜々留と恋姫も『あ』と声を重ねた。

「……一応、ナナルも今夜使ってみるわ」

「うん。実際に使ったら、今のリオナの気持ち、わかってくれると思うから」

「独り占めしたいから嘘をついてる……わけでもなさそうね」

 そして次の日、さらに次の日と経て、三人の感想は一致する。

「ね? イマイチだったでしょ?」

「そうねえ。これなら、リアルでお兄たまとお風呂に入るほうが……」

「レンキも……って、欲求不満ってわけじゃないのよ? ただ、あの枕の夢じゃ物足りなかったというだけで……ええ」

「それを欲求不満っていうんだってば」

 かくしてムフフ枕は寮の女子用倉庫へ封印されることに。

 しかし――それを気に入り、夜な夜な夢の中で彼とムフフなプレイを楽しむ、新たなライバルが現れることを。

 この時の里緒奈たちはまだ知らなかった。

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