第287話

「兄さんの写真なんて何に使うのよ。丑の刻参り?」

「あ……その手もあったのね」

「れ、恋姫ちゃん? さっき言ってたのと同じフレーズだけど、間違ってない?」

「お兄たまに効くのかしら? そういうの」

 兄妹の今後に一抹の不安を感じつつ、里緒奈たちは寮へ。

「お兄様の写真を持ってるとしたら、あとは……美香留ちゃん?」

「カメラで遊んでたものね。ナナルも可能性はあると思うわ」

 ちょうどそこへプロデューサーの一行が帰ってきて、鉢合わせになった。

「ただいま~」

「ミカルちゃん、基地へ帰還せり! なーんちゃって」

 美香留に続き、大人気グラビアアイドルのMOMOKAも遠慮がちに入ってくる。

「お邪魔しちゃいますね。みなさん」

「あれ? 桃香さんも?」

「遅くなったから、夕飯は桃香ちゃんもこっちで一緒に、と思ってさ」

 プロデューサーはそう言うも、時刻はまだ夕方の四時過ぎ。六月の空は充分に明るいうえ、桃香のマンションは目と鼻の先だ。

 桃香のほうから何かしらアプローチがあったのかもしれない。

 里緒奈たちにとっては、美玖よりも手強いライバル――。

 しかし菜々留は柔らかい笑みで彼女を迎える。

「もちろん大歓迎よ。美香留ちゃんも今日は色々と教えてもらったんでしょう?」

「うんうんっ! ミカルちゃん、ほんとビックリしちゃってぇ」

「立ち話もなんですし、座ってもらったらどうですか?」

 恋姫は先に居間へ赴き、ソファの周りを片付ける。

 強力なライバルだからといって、里緒奈たちがいたずらに桃香を敬遠するようなことはなかった。その分はエロゲー悩のプロデューサーを責めればよいわけで。

(桃香さん、随分と機嫌がよさそうじゃない……ねえ? Pクン。白状するなら今のうちだって思わない?)

(ちょっ、里緒奈ちゃん? 引っ張らないふぇ~っ!)

 ぬいぐるみは少々乱暴に扱っても構わないので、助かる。

 プロデューサーはぬいぐるみの頬をさすりながら、問題の枕に目を留めた。

「ところで……それ、クッション? どうしたの?」

「エッ?」

 里緒奈は一瞬固まるも、菜々留が平然と流す。

「三組で今、ちょっと話題になってるのよ、安眠枕。それでナナルたちも試してみようかなあって……うふふ」

「へえ~。あとで感想、聞かせてネ」

 即興にしてはリアリティのある嘘に、里緒奈は無言のまま感心した。

(なるほど。さすが菜々留ちゃん、賢いわね)

 ムフフ枕の全部を嘘で誤魔化そうとしても、あとあと違和が生じるかもしれない。

 しかしあえて真実を紛れ込ませておけば、ボロは俄然出にくくなる。また、この言いまわしなら、三人のうち誰がムフフ枕を使ってもおかしくなかった。

「せっかくだし、美玖にも声掛けてくるよ。お夕飯」

 プロデューサーは席を外し、女子会となる。

「ごめんなさい。モモカ、急にお邪魔してしまって……」

「いーの、いーの。桃香さんなら大歓迎!」

「お仕事のお話、聞きたいわ。今日はどんなコスプレだったの?」

 世間話で和気藹々と盛りあがりながらも、里緒奈たちは機会を窺っていた。アイコンタクトで多少なりとも会話が成り立つのは、テレパシーの魔法が持続しているおかげ。

(Pクンはお部屋でお仕事の続きだろーから、いいとして……問題は桃香さんね)

(ナナルに任せて。多分行けると思うわ)

 談笑が途切れたところで、菜々留がおもむろに席を立った。

「さて……と。今夜の当番はナナルと恋姫ちゃんね」

「ミカルちゃんは食べる係~」

「はいはい。さっさと支度しちゃいましょうか」

 恋姫も阿吽の呼吸で立ちあがる。

 すると、申し訳なさそうに桃香が腰を浮かせた。

「あ、あの! モモカにもお手伝いさせてくれませんか?」

 作戦通り。気配り屋の彼女が、ご馳走になるだけでいられるはずもない。

(桃香さんには悪い気もするけど……)

「そうねえ……じゃあ、手伝ってもらおうかしら」

「桃香さんはお料理が上手だもの。レンキたちが手伝うことになりそうね」

「いえ、そんな……うふふ」

 上手い具合に桃香をリビングから遠ざけることに成功する。

 美香留とふたりだけとなったリビングで、里緒奈は声のボリュームを下げた。

「ねえ、美香留ちゃん。最近よくお兄様の写真、撮ってるでしょ?」

「うん。こっち来る時に、カメラ新調しちゃったんだよね」

「その写真、ちょっと見せてくれない? ……あ、お夕飯のあとで! お兄様や桃香さんには内緒で、ね?」

 不思議そうに美香留が首を傾げる。

「ほえ? 別にいいけどぉ……なんで?」

「そ、それは……目の保養?」

 自分でそう言いつつ、里緒奈も首を傾げた。


 夕食のあとは美香留の部屋で彼の写真を物色する。

 けれども――写真はどれもこれも『ぬいぐるみ』のものだった。

「きゃ~~~っ!」

 いつの間にやら桃香も混ざり、美香留と大いに盛りあがる。

「このプロデューサーさん、ハチマキが決まってます! どこで撮ったんですか?」

「街の運動会でぇ、おにぃ、応援団長やってたの。カッコいいっしょ!」

 わざわざ自分のアルバムも持ち込んで。

 片方が秘蔵の一枚を差し出すたび、もう片方が熱をあげた。写真の中でドヤ顔のぬいぐるみを見詰めては、ハイテンションではしゃぐ。

「そっちのおにぃも最高っ! 桃香姉、これと交換しよーよぉ」

「もちろんです! じゃあモモカはこれと……あっ、それも欲しいです!」

 ふたりはすっかり意気投合。

 それもそのはず、美香留と桃香は『ぬいぐるみのプロデューサー』を『絶世の美男子』と思い込んでいた。

 美香留のほうはそれなりに『男の子の彼』にも気があるようだが、

(お兄様の写真があるかどうか、確かめたいだけなのに……話が進まないわ)

(桃香さんの前じゃ、聞きだすのも難しそうね……)

(それより同意を求められた時のこと、考えて? ぬいぐるみのPくんって、どこをどんなふうに褒めればいいの?)

 里緒奈たちはアテが外れ、がっくりと肩を落とす。

「この視線っ! おにぃってばカッコよすぎ! シビれるぅ~!」

「これ待ち受けにします! モモカのダーリン……!」

 ただ、おかげで美香留と桃香の距離は一気に縮まったとか、何とか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る