第286話
同時にプロデューサーの母親に対する評価も一転してしまった。里緒奈や菜々留も困惑気味に口の端を引き攣らせる。
「ママさん、こんな冗談言うひとだったっけ……?」
「『順番』がまわってこない時って……お風呂デートのことがばれてるのかしら」
しかも、SHINYのメンバーとプロデューサーとの関係が進展しつつあることまで、把握されているようだった。
「IN夢……淫夢、ね……」
「り、里緒奈? その漢字を当てるのは、レンキ……まだ心の準備が」
「Pくんなら『ムフフ枕』とか言いそうねえ」
IN夢枕改め、ムフフ枕。
ただ、母親の意図がまったくわからないわけでもなかった。
「つ……つまり? ママさんは本気で、リオナたちを『候補』に考えて……」
「あとはナナルたちの気持ち次第ってことね。う~ん……」
「レ、レンキはまだ、あのお話を受けたわけじゃ……な、ないんだけど」
うかうかしていては、『本命』に出し抜かれる恐れもある。
その『本命』が乗り気でないうちに――そんな焦りが三人の胸中をよぎった。
ムフフ枕を拾った里緒奈が、不自然に声を裏返らせる。
「……ま、まあ? せっかくママさんが送ってくれたんだし……試しに? 一度くらい、使ってみるのもいいんじゃない?」
すると恋姫も、否定の色は残しつつ権利をアピール。
「そ、そうね。エッチなのはいけないけど……使わずに捨てるのも、ね?」
あえて『捨てる』という強い言葉を用いることで、プレゼントであるムフフ枕を捨てさせない方向へ持っていく。
何より三人は今、共犯者の心理を共有していた。
今なら責任を曖昧にしたうえで、ムフフ枕を試せるのだ。後ろめたいことでも仲間と一緒なら――その言い訳を免罪符として。
「美香留ちゃんはあとで誘えばいいんじゃない?」
「美玖ちゃんにはバレないようにしないと……。没収されちゃいそうだもの」
「共同戦線ね。P君にも絶対に内緒で」
里緒奈、菜々留、恋姫の三人は神妙な面持ちで頷きあった。
これにて同盟は成立。
三人で早速、ムフフ枕を吟味する。
「まずはP君の……お兄さんの写真が必要ね」
「当たり前みたいな流れで、お兄様をオカズにしますって、来ちゃったわ……」
「やっぱり恋姫ちゃんもお兄たまを夢に登場させたいのね? うふふ」
「あっ、あなたたちもそのつもりのくせに! もうっ!」
またも恋姫が癇癪を起こす一方、菜々留は頭を悩ませた。
「でも、困ったわね……。ナナルたち、男の子のほうのお兄たまの写真なんて、一枚も持ってないもの」
里緒奈が人差し指を立てる。
「あれは? ツーショットのプリメ。すぐ持ってくるから」
「じゃあレンキはハサミを」
間もなく里緒奈とプロデューサーのツーショット、それからハサミが揃った。里緒奈がプリメを摘みあげ、その真中にハサミを差し込もうとする。
「……………」
「里緒奈? 早くしなさいったら」
けれどもハサミが音を立てることはなかった。
里緒奈はハサミを降ろし、いやいやとかぶりを振る。
「~~~無理っ! だって、もったいないし……第一、ツーッショットをハサミで切るとか、なんか縁起悪くない?」
「うっ。確かに……」
恋姫も躊躇う中、回答する菜々留。
「でしょう? ナナルたちの手元にはお兄たまの写真らしい写真がないのよ。一枚も」
「あるにはある……けど、全部ぬいぐるみだもんねー」
ぬいぐるみのプロデューサーと撮影したものなら、いくらでもあった。しかし『ぬいぐるみとエッチする』などという異次元のシチュエーションは、ご遠慮願いたい。
「ツーショットの自撮りくらいしとけば……なんでリオナ、やんなかったわけ?」
「あ……その手もあったのね」
「里緒奈ちゃんでさえ忘れてたくらいだもの。仕方ないわ」
三人分の溜息が重なる。
彼は普段ぬいぐるみの姿でいるため、撮影するには、まず変身を解いてもらわなくてはならなかった。そのうえで撮影においても、もっともらしい理由がいる。
「写真の一枚や二枚、頼めば撮らせてくれるんだろーけど……」
「この枕の存在に気付かれても、困りものよねえ」
とはいえ、すぐに恋姫が解決法に至った。
「だったら、持ってそうなひとに頼めばいいのよ。美玖とか」
「それそれ! 妹の美玖ちゃんなら!」
里緒奈たちは席を立ち、廊下の先にあるゲートへ急ぐ。
SHINYの寮とプロデューサーの実家(こちらの世界の)は、魔法のゲートによって瞬時に行き来することが可能だった。
プロデューサーが美香留と『どこ○もドア~』と遊んでいたのも、記憶に新しい。
足音で察したのか、ノックするまでもなく美玖が部屋から出てくる。
「どうしたのよ? 揃いも揃って……こっちは今、勉強してるんだけど」
「ごめん、ごめん。ちょっと美玖ちゃんにお願いがあってー」
要件を伝えると、妹は迷惑そうに眉をひそめた。
「兄さんの、変身してない時の写真? ミクがそんなの持ってるわけないでしょ」
それでも恋姫が食いつく。
「アルバムは? 家族で撮ったのとか、ないの?」
「母さんのところなら、多分」
その後ろで里緒奈と菜々留は肩を竦めた。
(そーよね。美玖ちゃんが持ってたら、それこそ一大事だもん)
(美玖ちゃんとお兄たまには、今くらいの距離感でいてもらわなくっちゃね)
ふたりのアイコンタクトには気付かず、美玖が質問を返してくる。
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