第285話
SHINYの寮へひとつの小包みが届いたのは、六月上旬のこと。
消印は『マギシュヴェルト』――魔法の国は遥か彼方にあるようで、ちゃっかりこちらの世界と郵便で繋がっているらしい。近っ。
SHINYのプロデューサーにしても、考えれば考えるほど矛盾だらけだ。アバウトな存在なのだから、考えるだけ無駄と割り切るしかない。
そんな結論に納得しつつ、里緒奈は小包みをリビングへ運び込んだ。
「ねえねえ~。Pクン宛てにこんなのが届いたんだけど?」
菜々留と恋姫は紅茶で一服しているところ。
「Pくんに? 誰から?」
「どうせまた、エッチなゲームのイラスト集よ。この間だって……」
恋姫が何かを言いかけ、顔を赤らめる。
「あー、うん。あれは見なかったことにしよう、って話でまとまったじゃない?」
里緒奈は溜息とともに肩を竦めると、その微妙な空気を遠ざけた。
ぬいぐるみの妖精さんだと思っていたSHINYのプロデューサーが、実は人間の男の子だと判明してから、じきに二ヶ月。
おかげで、里緒奈たちもすっかり調子を狂わされている。
「Pクンがまさか、あんなに恋姫ちゃん好みの男の子だったなんてねー」
「そうねえ。Pくん、まるで少女漫画の王子様なんだもの」
「レンキだけのせいにしないでっ! 大体、抜け駆けしたのは里緒奈が先でしょう?」
煽り耐性の低い恋姫をからかうのもほどほどに、小包みを確かめることに。
当然、これはプロデューサー宛ての荷物。里緒奈たちが興味本位で封を解いてよいものではなかった。と思いきや、
「待って? ママさんからメールが来てるわ」
「え? なんで菜々留ちゃんにだけ?」
菜々留がケータイを取り出し、その内容を読みあげた。
「Pくんのママさんからね。宛先は息子宛てだけど、中身はナナルたちへのプレゼントだそうよ。何が入ってるのかしら?」
「ご実家は喫茶店……よね? コーヒー豆よ、多分」
「え~? 魔法の国からの贈り物なのよ? 恋姫ちゃん。ただのコーヒー豆じゃつまんないってば」
恋姫の予想にしろ、里緒奈の期待にしろ、いいところは突いているはず。
プロデューサーの母親はこちらの世界の出身、ゆえにこちらの常識に通じていた。
それに加え、娘の美玖と同じ真面目気質だ。お中元やお歳暮の感覚で、当たり障りのないものを送ってきたとしても、充分に納得できる。
しかし母親が住むのは『魔法の世界』でもあった。
わざわざ送り届けてくれたものが、言葉通りの粗品とは思えない。そんな期待が里緒奈の気を逸らせる。
「リオナたち宛てってことなら、開けちゃっていいんじゃない?」
「でも一応、P君に確認を取ったほうが」
恋姫がケータイでプロデューサーに聞こうとするのを、菜々留がやんわりと制した。
「Pくんにはあとで言えばいいと思うわ、ナナル。今はお仕事で忙しいでしょうし」
「……それもそうね。今頃は桃香さんと一緒に……」
「桃香さんと……」
三人は押し黙り、目配せに含みを込める。
(また桃香さんを言い包めて、エッチな格好させてるのよ? 絶対)
(本当は桃香さんも知ってるんじゃないかしら? Pくんが男の子だってこと)
(桃香さんが何でも言うこと聞いてくれるからって……)
声に出さずとも以心伝心。
プロデューサーへの反抗心も芽生えたところで、里緒奈たちは例の小包みを囲む。
「美玖と美香留は?」
「帰ってきてからでいいんじゃない? それじゃ、リオナが……」
果たして期待の中身は――ごくありふれたものだった。
それを両手で抱え、里緒奈はきょとんとする。
「……枕ぁ?」
「お手紙がついてるわよ。ほら」
その脇から菜々留が手を伸ばし、便箋を拾い取った。
「ええっと……」
筆記体のような達筆で挨拶が始まる。
SHINYのメンバーへ。
アイドル活動、お疲れ様。いつも頑張ってるみたいね。
ちょっとした激励の品を送らせてもらったわ。
アホのぬいぐるみにはこれからも手を焼くだろうけど……。
何かあったら、軒先にでも吊るせばいいから。
P.S.美玖のこともよろしくね。
人格者ならではの物言いに、里緒奈たちは安堵した。
「Pクンはアレだけど、ママさんは至って普通のお母さんなのよねー」
「美玖は母親似なんでしょうね。しっかりしたところとか、そっくりだわ」
「まだ続きがあるわよ? 枕の使い方について」
菜々留が便箋の後半へ目を走らせる。
~IN夢枕の使い方~
この枕の下にお目当ての異性の写真を置いて寝ると、
その相手とエッチする夢が見られるはずよ。
順番がまわってこない時にでも活用してちょうだいね。
「ななっな! なんなんですか、これ!」
恋姫が顔を真っ赤にして、問題の枕を床へ叩きつける。
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