第284話

 ただ、それには『僕』の身が忙しすぎた。

 SHINYとMOMOKAのプロデュースに加え、S女子高等学校で授業も行わなくてはならない。

『女子校務めを諦めればいいじゃない?』

 と里緒奈あたりは言いそうだが、そもそも彼女たちのアイドル活動と学校生活を両立させるため、『僕』は教師をしているわけで。やむを得ず、そうするしかないわけで。

「まあ考えておくよ。いざって時は、僕でなきゃフォローできそうにないしね」

 しかし易鳥は腕組みのポーズでそっぽを向いた。

「ふ、ふんっ。お前の手など借りなくても、イスカたちはな……」

 それを依織が面倒くさそうに諫める。

「イスカ、意地にならないで。ぶっちゃけイオリもあにくんに手伝って欲しい」

「イクノちゃんもにぃにぃが欲しいデス! そこのコーチと交換で、どうデスか?」

 郁乃も便乗しようとしたところで、宍戸直子が手を叩いた。

「お喋りはそこまでになさい。レッスンよ、レッスン」

「ハァーイ」

 何ともやる気のない返事が『僕』を不安にさせる。

 その後もKNIGHTSの練習ぶりを眺めながら、隣の綾乃が問いかけてきた。

「シャイP。仮にKNIGHTSをプロデュースするとなったら、どういう戦略で行きますか? 後学のために教えてください」

「そうだなあ……」

 一応『僕』にも構想くらいはある。

 しかし『僕』は安易にそれを口にせず、質問を返した。

「綾乃ちゃんだったら? どんなふうに売り出そうって思う?」

「は、はいっ! 私でしたら――」

 待ってましたとばかりに研修生が声を弾ませる。

 どうやら『僕』の読みは正しかったらしい。

 彼女ような自信家タイプは、常に実力を発揮したがっているものだ。けれども入社したばかりのマーベラス芸能プロダクションでは、なかなかチャンスが巡ってこない。

 しかし今はあくまで『仮』の話で。

 上司の『僕』から意見を求めたのだから、彼女の独断場となる。

「KNIGHTSはなぜか、メンバーが出張った時でないと売り上げが伸びないんです。ライブ頼りといいますか……ですので、まずはそこの補強からですね」

(うんうん。よく調べてるなあ)

「それに正直、実力面に不安もあるので、やはりレッスンですね。夏にはもう間に合わないかもしれませんけど、長期休暇を最大限に活用して……」

 と、そこまでは基本を前提としたアイデアだった。

 綾乃が『僕』を見上げ、不敵に微笑む。

「SHINYが『ユニゾンヴァルキリー』を押さえてるように、KNIGHTSでもサブカルチャーの分野で相性のよい商材を探して、コラボを企画します。KNIGHTSはトリオのアイドルグループですから」

「なるほどね」

 その妙案には『僕』も素直に感心した。

 漫画や小説、とりわけ男性向けのライトノベルにおいて、ヒロインの数は三人であることが多い。トリオのKNIGHTSなら過不足なく対応できるわけだ。

 五人のSHINYよりも選択肢は広がるだろう。

「歌唱力のほうは充分ですから、そっちでも動けますし。……正直なところ、チャンスを損失してると思うんです、私。現状のKNIGHTSは」

「同感だよ。やっぱり誰かが専属で、しっかりプロデュースしないと」

 そう相槌を打ちながら、『僕』は内心で考えていた。

(いっそ綾乃ちゃんに任せてみるか? 責任は僕が持って……)

 SHINYだけ売れても意味がない。

 アイドル界の全体が盛りあがってこそだと、『僕』のような異邦人は思っている。

 だからSPIRALやKNIGHTS、VCプロにも頑張って欲しかった。そのためなら大型新人の成長も課題となる。

 ダンスレッスンの休憩がてら、宍戸直子がやにさがった。

「面白いわねェ、アナタ。綾乃が殊勝にしてるなんて、初めて見たわよ? ワタシ」

 ばつが悪そうに綾乃が反論する。

「あ、相手によりますってば。井上さんや雲雀さんには、今でも敬意を持ってますので」

(直子さんの名前は意図的に言わなかったよね、今)

 KNIGHTSへの敵情視察はほどほどにして、引きあげることに。

「にぃにぃ! またお仕事で会おうデス!」

「またね、あにくん。ばいばい」

「こ、こらっ! 勝手に締め括るんじゃない、イスカがまだ……」

 易鳥の制止を振りきり、第三スタジオをあとにする。

 すぐにも綾乃が方向を変えた。

「私、飲み物を調達してきます。SHINYは喉が渇いてるでしょうから」

「ありがとう。気が利くね」

 『僕』にはもったいない後輩かもしれない。

 ところが綾乃を見送った矢先、里緒奈が近づいてきた。

「Pクン!」

「あれ? 里緒奈ちゃん、レッスンは?」

「休憩してるとこ。で、飲み物をと思ったんだけど……その」

「それなら今しがた綾乃ちゃんが買いに行ったよ」

 自販機までの道すがら『僕』たちを見掛けたらしい。しかし何やら不満そうに、『僕』に正面から迫ってくる。

「ねえ、Pクン? なんだか昨日の今日で……あ、綾乃さんと仲良くなってない?」

「え? そんなこと……」

 弁解しようとして、『僕』は黙った。

 これはいつものパターンだ。里緒奈たちは『僕』が女の子にちょっかいを出すものと早とちりにして、あーだこーだと責めてくる。

 そういった冷静な思考が働くのも、人間の姿のせいだろうか。

(先手を打つか)

『僕』は里緒奈の肩越しに壁に手をつき、距離を詰める。

「心配しないでよ。僕はSHINYが一番、大切なんだからさ」

 念を押すため、さらに顔を近づけると――里緒奈が俄かに真っ赤になった。

「おおっ、お兄様? あの……えっ?」

「綾乃ちゃんとは本当に何でもないよ。ね? 里緒奈」

 最後に『ちゃん』を付けようとしたタイミングで、綾乃が戻ってくる。『僕』は里緒奈を壁際から解放しつつ、ドリンクの半分を受け取った。

「ご苦労様。早いね」

「これくらいお安い御用です」

「~~~っ!」

 一方で里緒奈は狼狽を続け、ぱくぱくと泡を噛む。

「どうしたの? 里緒奈ちゃん」

「か、壁ドン……お兄様が、リ、リオナに……」

 ……かべどんって何だっけ?


                   ☆


 その夜、寮の居間で『僕』は異様な光景を目の当たりにした。

 SHINYの里緒奈、菜々留、恋姫の三人が、これでもかと土下座している……。

「「お願いします、プロデューサー。やっぱり変身しててください」」

 ペンギンのぬいぐるみを抱えながら、美香留は首を傾げる。

「ど……どゆこと? おにぃ」

「さ、さあ……僕にも何が何だか」

 里緒奈は顔をあげ、痛切な声音で訴えてきた。

「だって男の子のお兄様、リオナたちの心臓に悪すぎるんだもん! もう無理っ!」

 菜々留と恋姫も同じ調子で降参する。

「お兄たまのせいで、朝からずっと……だもの。ナナル、耐えられないわ」

「お兄さんが男の子だと、こっちは熱があがる一方なんです!」

 困惑しつつ『僕』が目配せすると、妹の美玖が呆れた。

「兄さんはヘチャムクレのぬいぐるみでいるべきだってことが、証明されたわね。ミクはどっちでも構わないけど……美香留は?」

「んーっとぉ……ミカルちゃんも、どっちでもぉ?」

 こうしてパンツの件から始まる、『僕』へのペナルティは終了。

 『僕』は肩の力を抜き、ぬいぐるみの妖精さんに変身する。

「ふ~! やっぱりこの姿のほうが落ち着くよ、僕。服も着なくていいしさ」

「でもおにぃ、服は着といたほうがいいんじゃないの? なんかの拍子に変身が解けちゃたら、素っ裸じゃん?」

「……あー。それもあるか」

 そんな裸のぬいぐるみのため、里緒奈たちはスカートの中へ手を差し込んだ。

 そして……おずおずと脱いだそれを、差し出してくる。

「じ、じゃあ……リオナの、被ってればいいんじゃない? Pクン」

「今朝のお姫様抱っこのお礼よ。ナナルのも使って?」

「レ、レンキのも貸してあげます。……ほ、本当に貸すだけですよ? 貸すだけ……」

 ぬいぐるみの顔で『僕』は白目を剥きそうになった。

「……何言ってんの? みんな……」

「頭に被ってるほうがさあ、変身が解けた時、マズいんじゃないのぉ?」

「関わったりしないで、美香留。兄さんにパンツを渡したくないなら……ね」

 SHINYにとってパンツの価値が急上昇した、六月のある日のことだった。

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