第283話

 易鳥たちはジャージの上からスカートを穿き、ダンスの練習に励んでいた。

 コーチらしい人物が手拍子を取る。

「ワン、ツー! ワン、ツー! 遅れてるわよ、郁乃ォ!」

「は、はいデス……」

 人懐っこい郁乃が今日はやけにギクシャクとしていた。

 易鳥もやりにくそうにステップを踏む。

「今度は易鳥! またズレてるわよ、ほらほら」

「それはわかってるんだが……」

 そして依織は沈黙を守ることで、マイペースを保っていた。

 何もコーチの指導が厳しいからではない。その理由を『僕』も初見で理解する。

「綾乃ちゃん? あのひとってさあ……」

「お察しの通りです」

 KNIGHTSに稽古をつけるスペシャリストは、オカマだった。

 それも男性が無理に女装した、一番キツいタイプだ。有名な演出家だけあって、センスが人並みを外れているらしい(七割方は悪い意味で)。

 そのオカマさんが『僕』たちに気付く。

「……あらン? 綾乃と……そちらの男性はどちら様かしらァ?」

 綾乃があからさまに辟易とした。

「そのわざとらしいオカマ口調、やめてもらえませんか? 直子さん。……こちらはSHINYのプロデューサーです」

 内心気後れしつつ、『僕』のほうから前へ出る。

「初めまして、宍戸直子(ししどなおこ)さん。僕は――」

「おっお前は!」

 ところが自己紹介は易鳥の一声によって遮られた。

 郁乃と依織も振り向き、『僕』の訪問に驚く。

「にぃにぃ! イクノちゃんの応援に来てくれたんデスか?」

「ううん、イオリの応援……そうでしょ? あにくん」

「ま、待て待て! イスカが先だぞ? 横から出しゃばるんじゃない」

 相変わらず易鳥は傲岸な物言いだが、郁乃も依織も気にしていなかった。

「あらあ、アナタたち馴染みなのォ?」

 プロデューサーもマネージャーも不在のKNIGHTSのため、『僕』が頭を下げる。

「ええ、まあ……易鳥ちゃんたちがお世話になってます」

「保護者を気取るなっ」

「易鳥ちゃん? にぃにぃの前だからって、沸点が低いデスよ?」

 易鳥にとっては、スペシャリストの件で『僕』にフォローしてもらった負い目もあるのだろう。そのせいか、今回は素直に怒気を鎮める。

「まったく……この借りは返すからな? 天音騎士の名に懸けて、絶対にだ」

「はいはい。そっちは練習、どんな感じ?」

 『僕』の質問には、後ろの依織が投げやりに答えた。

「だめ。特に易鳥が」

「いやいや、依織ちゃんもじゃないデスか。押すか引くかの違いで」

 コーチの宍戸直子が嘆息する。

「合格点は郁乃だけなのよ。依織は動きが小さいし、易鳥は逆に大雑把だし……アナタ、幼馴染みなら、何かアドバイスとかしてあげられない?」

「あー。易鳥ちゃんは四字熟語にすると『猪突猛進』なんで」

 易鳥はきょとんとして、依織に尋ねた。

「ちょとつ……って、何だ?」

「待って。今、ケータイで……ん。こういう漢字」

 それを依織のケータイで確認するや、癇癪を起こす。

「イノシシ扱いするなっ! イスカを動物に喩えるなら、ほかにあるだろう?」

「え、ええと……」

 苦し紛れに『僕』は記憶の中を穿り返した。

「あっ、あれ! 文化祭でやってた、メイドのウサギさん。すごく可愛かったよね」

「なあ――っ?」

 易鳥の口がさらに大きく開くも、息を吸っただけで怒号は来ない。

 郁乃と依織は冷めた視線で『僕』を一瞥した。

「これだから、にぃにぃは……タラシにも程があるデス」

「今日は変身を解いてるから、余計にそうだね。イオリたちも気をつけないと」

 綾乃は不思議そうに首を傾げる。

「……変身?」

「それよ、アナタたち! 新しい自分に変身なさい!」

 再びオカマの低いようで甲高い声が反響した。

「雲雀には聞いてたけど、からっきし素人なんだもの、アナタたち。ホント、どうやって今まで活動してきたのかしらねえ? 信じられないワ……」

「うぐ」

 ずっと魔法でズルしてきたのだから、易鳥はぐうの音も出ない。

 『僕』も同じ芸能事務所のスタッフとして、あえて彼女たちに苦言を呈した。

「いい機会だよ、易鳥ちゃん。歌しかないってことが露呈したら、反動もすごいだろうし……今のうちに基礎を固めておこう?」

「わ、わかってるんだぞ? イスカだって、そこは……ごにょごにょ」

 何か言いたげな易鳥に代わり、郁乃が主張する。

「にぃにぃ~。KNIGHTSもにぃにぃがプロデュースしてくれませんか?」

「へ? 僕が?」

 『僕』は九十度近くまで首を傾げた。

「う~ん……。MOMOKAも抱えてるから、難しいかなあ」

 とはいえ郁乃の言いたいこともわかる。

 KNIGHTSはマギシュヴェルトの天音騎士団なのだから、魔法に造詣が深い『僕』が監督ないし管理したほうが、何かとサポートも容易い。

 易鳥たちにとっても利点は多いだろう。いちいち魔法を隠す必要もなく、良識の範囲で魔法を行使できるのだから。

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