第282話

 翌朝も『僕』は人間の姿で目を覚ます。

「パジャマを着るのって、変な感覚だなあ……」

 この姿も二日目となれば、多少は慣れてきた。

 今朝は里緒奈も早めに起き、いそいそと支度を始める。

「おはよう、お兄様!」

「珍しく早いね? 里緒奈ちゃん」

「もう昨日までのリオナじゃないんだから。ねっ?」

 ぱっちりとウインクを決め、アイドル節を全開。

 菜々留や美香留もすでに洗顔を終え、朝食の準備に取り掛かっていた。

「……あら? 恋姫ちゃんは?」

「なんかまだお部屋にいるっぽいけどぉ?」

「里緒奈ちゃんが早起きして、恋姫ちゃんが寝坊なんて……ちょっと見てくるか」

「お兄様? リオナの評価について、もうちょっと聞かせてくれない?」

 『僕』は二階へあがり、扉越しに恋姫を呼ぶ。

「恋姫ちゃん! 朝だぞー?」

「あっ、はい! 今行きますので」

 その言葉通り、扉はすぐに開いた。中から恋姫が出てきて、『僕』と顔を会わせる。

「お、おはようございます。P君……」

 その表情が今朝は赤らんでいた。

 昨夜の美香留の件もあって、心配になる。

「どうかしたの?」

「いえ、また大きく……なっ、なんでも! なんでもありませんから!」

 責任感の強い恋姫のことだ。調子が悪いのを、誤魔化そうとしているのかもしれない。

 『僕』は少し屈むと、真正面から彼女の顔を覗き込んだ。

「……え? お、お兄さ――」

 そのまま額をくっつけ、熱を測る。

「うん……熱はないか」

「~~~っ!」

 そのはずが、急に恋姫のオデコが熱くなってきた。

 恋姫は目をまわし、へなへなと脱力する。

「おぉ、お兄さんがレンキに……しょ、しょーじょまんらみたいなこと……」

「れ、恋姫ちゃん? しっかり!」

 おかげで慌ただしい朝になってしまった。


 ぬいぐるみに変身するのは、S女で授業と部活の時だけ。その間も『自分は男子』という意識が常に働き、生徒たちから適度に距離を取っていられる。

「え~? P先生の個人レッスン、楽しみにしてたのに~」

「ごめんネ! 夏休みになったら、いっぱい教えてあげるからさ」

 仲良しのチア部や体操部のお誘いを断りながら、『僕』は水泳部に少し顔を出して。

「今日は美玖に蹴り飛ばされなかったぞ……?」

「なんで不思議そうなの? ちょっとがっかりしてるの? Pクン」

 後半の練習は副顧問に任せて、SHINYのメンバーとともにマーベラス芸能プロダクションへ。今日もボーカルレッスンだ。

 美玖に代わってキュートが合流するや、美香留と火花を散らす。

「美香留っ? お兄ちゃんにベタベタしないでったら!」

「それ、ミカルちゃんの台詞~。いつも邪魔ばっかりしてくれちゃってぇ」

「まあまあ、ふたりとも」

 間に挟まれる『僕』が仲裁に難儀するのも、毎度のこと。

 研修生の館林綾乃に続いて、スペシャリストの巽雲雀もスタジオへ入ってくる。

「おはようございます。シャイP」

「あ、うん? おはよう」

 昨日と今日で、綾乃の態度が少し違っている気がした。

 巽Pが早々とレッスンを開始する。

「準備はできてっか? 時間は有効活用しえねとなァ、おい」

「はいっ!」

 ボーカルレッスンは昨日と同じく巽Pに任せてしまって大丈夫だろう。

 練習の間、『僕』は綾乃の研修を進める。

「お兄ちゃん? 館林さんに手を出したりしたら、きゅーと、怒るんだからね?」

「ミカルちゃんも! おにぃは『妹専』でいるべきっ」

「そんな言葉どこで憶えたの? 誰が教えたの?」

 『僕』たちがいては練習の妨げになりそうなので、席を外すことに。

 後輩の綾乃が呆れ交じりに呟いた。

「シャイPは結婚とか考えてないんですか?」

「いや、まあ……まだ早いかなあと」

 実のところ『僕』は18歳だった。こちらの世界では高校三年生に該当する。

 しかし実年齢はさておき、綾乃の言うことは正しかった。恋人もいない独身のプロデューサーが恋人もなしに女子高生アイドルを率いていては、体裁が悪い。

(結婚は修行が終わってから、と思ってたけど……)

 もしも日がな一日スクール水着でいてくれるお嫁さんがいたら、アホなほうの『僕』も多少は落ち着くだろう。……この発想自体がおかしい気もするが。

 ここで面と向かって綾乃に聞くのも気まずいので、第三者を話題にする。

「巽Pはどうなのかな? 彼氏とか」

「去年から交際を始めたらしいですよ。念願叶って」

 念願叶って……か。下手に触れないほうがよさそうだ。だから綾乃も『らしい』という伝聞に留めているわけで。

「易鳥ちゃんとは付き合いも長いけど、恋愛……なんて関係じゃないしなあ」

 その名前に綾乃が反応する。

「KNIGHTSの易鳥ですか?」

「幼馴染みなんだ。家がお隣同士でさ」

「ああ、だから雲雀さんを通してオカ……直子さんにも依頼を」

 KNIGHTSは先週、リーダーの易鳥が意固地になったせいで、スペシャリストの話をあっさりと棒に振ってしまった。

 そこで『僕』はお節介と思いつつ、巽Pに相談。

 易鳥に恥をかかせない形で、KNIGHTSもVCプロの演出家に稽古をつけてもらえるように取り計らった。

「確かKNIGHTSも今、第二か第三で練習してるはずですよ。見に行きますか?」

「いいね。何かの参考になるかもだし」

 『僕』は綾乃とともにKNIGHTSのもとを訪れる。

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