第278話
やはり違和感があった。
普段は50センチ大のぬいぐるみで、宙に浮いている。
けれども今日は身長が1メートル以上も伸び、地面に足をつけているのだから。この感覚になかなか馴染めず、何度も誤差に悩まされる。
(どっか出掛ける分には、緊張感を保てるんだけど……生活全般となると、なあ)
もちろん今日から服が必要だし、この雨では靴の手入れも欠かせなかった。
裸でいられる妖精さんのポテンシャルに、改めて気付かされる。
「……っと。それより仕事、仕事」
マーベラスプロは業界の最大手だけに、誰もが大忙しだった。
ここでは『ぬいぐるみの妖精さん』で通しているが、今日は人間の姿で業務に励む。
「……あれ? シャイP、なんだか……」
「どうかしたの?」
「あ、いえ……気のせいでした」
少なからず認識阻害の魔法に影響はあった。
やはり普段の『僕』と、この『僕』とでは、顔面偏差値が違いすぎるのだろう。
ぬいぐるみの『僕』は超絶の美男子で、まさに主人公格の勇者。
しかし変身を解いてしまっては、ただのモブ。街の入り口で『ここはラバトームの城下町です』と言うだけの、取るに足らない存在となる。
なのに、里緒奈たちは人間のほうの『僕』にこそ拘った。
デートにしろ、お風呂にしろ、なぜか人間の姿を要求される。
(美香留ちゃんもこっちの姿に興味あるっぽいしなあ……)
女の子の考えることはよくわからない。
そんなことを逡巡していると、人事の担当に声を掛けられた。
「シャイP! ちょっといいですか?」
「……はい?」
「この間もお話しました、新入社員の件ですよ。ぜひSHINYで研修を、と」
『僕』は手を休め、快く応対する。
「そのことでしたら、社長からも伺ってます。何でも期待の大型新人だとか……」
「あー、社長の姪っ子の……同期? で、社長も随分と期待してるみたいで」
タレントに限らず、スタッフの面においても、マーベラス芸能プロダクションは人材の獲得に余念がなかった。一流のアイドルをプロデュースするには、一流のスタッフや一流のコーチが必要となるわけで。
しかもこの春、マーベラス芸能プロダクションに『大型新人』が入ってきたらしい。月島社長も大いに期待を寄せており、直接『僕』に通達してきたのも、先月のこと。
『君はSHINYのプロデュースに集中したいだろうが、よろしく頼むよ。未来の敏腕プロデューサーを君の手で育ててやってくれ。ハッハッハ』
新入社員の世話など貧乏クジもいいところ――とならないのが、マーベラス芸能プロダクションのモラルの高さだった。
タレントとともにスタッフを育てる。
その重要性は『僕』も理解しているつもりだ。
「この子がシャイPに指導して欲しい新人なんです。……ほら、館林くん」
先輩スタッフに促され、噂の大型新人が歩み出てきた。
「初めまして。私、今年からマーベラスプロで働くことになりました、新入社員の館林綾乃(たてばやしあやの)と申します」
『僕』の脳裏で直感が閃く。
「よろしくね。ええと……館林さんでいいのかな? 綾乃ちゃん?」
「お任せします」
この新入社員に『僕』は、あの巽雲雀と同じものを感じた。
いつか彼女もアイドルを大成させるであろう予感――。
(でも巽さんとは少し違う気も……)
新たな後輩、そしてライバルの登場が、『僕』の心を昂らせる。
「じゃあ、しばらくは勉強がてら、SHINYの活動を手伝ってもらうってことで。わからないことがあったら、何でも聞いてよ。っと、番号は……」
「こちらこそよろしくお願いします。シャイP」
午後からの仕事には、綾乃も同行させることに。
昼過ぎにはマーベラスプロの第一スタジオで、SHINYのメンバーと合流する。
「やっぱりPクンが男の子だと、こっちも引き締まるわねー」
「もうS女のセクハラ教師は卒業して、プロデュースに専念しませんか?」
今日は『僕』が元の姿でいるせいか、里緒奈たちの態度も殊勝だった。
(こっちのほうが目線が高いからかなあ?)
しかし『僕』が研修生を紹介するや、空気は一変。
「ちょっと、ちょっと! おにぃ、そっちのひとは誰よおっ?」
「え? SHINYで研修することになった、綾乃ちゃん……だけど?」
「あっ、『綾乃ちゃん』? そこは苗字でいいじゃない!」
美香留や里緒奈はへそを曲げ、恋姫は冷ややかな視線で『僕』を睨む。
「女子高生の次は新入社員ですか……そうですか」
「ナナル、てっきり次は中等部生狙いと思ってたから、意外だわ」
「菜々留ちゃんまで? ねえ、ちょっと?」
今日も今日とてアイドルに信用されない、プロデューサーの『僕』……グスン。
妹も嫌悪感を剥き出しにしていた。
「……刺されればいいのに」
「ど、どこを? 何で?」
「心臓を包丁で」
一方の綾乃は、大人の対応で流そうとする。
「私、彼氏がいますので」
「あ……はい」
SHINYのメンバーはマネージャーの妹を除いて、輪になった。
「お兄たまの変身を禁止したら、こういうデメリットがあるのねえ……」
「このあたり、易鳥はどう考えてたのかしらね」
「何も考えてないっぽくない?」
「ミカルちゃんも里緒奈ちゃんの言う通りだと思うな~」
美玖は呆れ顔で嘆息する。
「まったく……まあ、えぇと……舘林さん? 大人だし、彼氏がいるのも普通よね」
「あなた、確かシャイPの妹さんの……」
自己紹介を聞きながら、『僕』は何気なしに呟いた。
「そろそろ僕も彼女とか考えるべきなのかなあ」
「――っ!」
その瞬間、メンバーが『僕』のほうへ振り向き、両目を赤々とぎらつかせる。
「「ターゲット・ロックオン……!」」
「妄想シューティングゲームやってないで、着替えておいでよ」
まだパンツの件で怒っているのだろうか。
「ミクは外すわ。レッスンが始まったら、何もできないでしょうし」
「うん。あとは僕と綾乃ちゃんでやるから」
「……綾乃ちゃん、ねぇ……」
里緒奈たちは練習着に着替えに、マネージャーの美玖も変装のため、一旦席を外す。
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