第277話

 翌日から人間の身体で朝を迎える。

 いつものように『僕』が一番に起き、コーヒーを淹れていると、寝惚け眼の里緒奈が降りてきた。

「おはよう。里緒奈ちゃん」

「うん? おはよぉ、Pク……」

 ところが『僕』を見つけるや、ばっちりと目覚めて。

「おおっお兄様? や、やだ……リオナったら、こんなはしたない格好で……!」

 何やら赤面し、廊下のほうまで引きさがる。

 ボサボサの髪や着崩れたパジャマが、恥ずかしいらしい。

「大丈夫だよ、里緒奈ちゃん。そのネコのパジャマ、似合ってるからさ」

「~~~っ!」

 里緒奈はますます真っ赤になると、大慌てで洗面所のほうへ駆けていった。

「かおっ、顔洗ってくる!」

「え? まだ菜々留ちゃんが使って……」

 そんな里緒奈と廊下ですれ違いつつ、恋姫がリビングへ入ってくる。

「まったくもう……あと十分早く起きれば、慌てなくて済むのに」

「おはよう。恋姫ちゃん」

「あ……はい。おはようございます、お兄さん」

 さすが優等生。すでに制服に着替え、準備万端だ。

 ふたりで天気予報をチェックしながら、メンバーを待つ。

「まだ一週間は雨が続くみたいですね」

「梅雨だからね。でもこれを越えたら、もう夏だよ。夏」

 『僕』のすぐ隣の席で、恋姫は毛先を指に巻いたり、溜息をついたりした。妙にそわそわとして、二回ほど椅子を引きなおす。

「もう少しそっち、詰めますね」

「ああ、うん」

 こちらも今朝は人間のサイズでいるため、一気に距離が近くなった。

 肩と肩が触れ、恋姫がほんのりと頬を染める。

「あ……ごめんなさい」

「気にしてないよ。それより恋姫ちゃん、今朝は一段と――」

「はいはい! そこまでっ!」

 そこへ里緒奈が無理やり割って入ってきた。櫛を握ったままで。

「ち、ちょっと? 押さないでったら、里緒奈」

「抜け駆け禁止って忘れたわけ? 油断も隙もあったものじゃないんだから」

 里緒奈とともに菜々留も現れ、席につく。

「あらあら……これは恋姫ちゃんに1ニャルラトホテプねえ」

(1ニャルラ……って、何の単位だろ?)

 今朝も菜々留はお嬢様然と振る舞っていた。一挙手一投足のすべてが慎ましやかで、安物のコーヒーも上品な香りに思えてくる。

(アイドルと一緒に朝を迎えるのって、考えてみたら……贅沢だよなあ)

 おかげで『僕』も少し緊張してしまった。

「お兄様は朝からマーベラスプロでお仕事よね?」

「うん。スケジュールの調整と……午後は早速、巽Pが稽古つけてくれるってさ」

「フットワークの軽いかたなのね。うふふ、頼もしいわ」

 大体の朝食が出揃ったところで、ようやく寝坊助が起きてくる。

「おふぁよぉ~」

 美香留はぬいぐるみの友達を連れ、ふらふらと歩いてきた。

「ちゃんと起きないと、危ないぞ?」

「ん……あれ? おにぃ、なんで変身……」

 菜々留が隣の椅子を引き、美香留を座らせる。

「お兄たまが男の子になっても、美香留ちゃんは平常運転ねえ」

「あー。おにぃ、しばらく勇者はお休みなんだっけ」

 そんなこんなで、アイドルたちと一緒に朝ご飯。プロデューサーの『僕』は久しぶりに人間の手でコーヒーを呷り、一服する。

「ふう~。……ん?」

 その様子を、廊下のほうから覗き込む人物がいた。

 アイマスクをつけた妹――キュートが『僕』を見詰め、むすっとする。

「ふぅーん? お兄ちゃんって、こんなえろげー体質だったんだ?」

 朝っぱらから何を言ってるんだ、この妹は……。

「キュートも入っておいで」

「きゅーと、お兄ちゃんの隣がいいなー」

「恋姫ちゃんが席を譲ってあげたらいいんじゃない?」

「ちょっと……里緒奈? どうして今朝はそんなに当たりが強いの?」

 ちなみにキュートもS女の制服……なのだが、今さら誰も気にしなかった。

 『僕』も指摘はせず、狐色のトーストを平らげる。

「みんなは学校で勉強しててね。時間になったら、迎えに行くから」

「はぁ~い」

「里緒奈ちゃんも美香留ちゃんも、頑張りましょ? お勉強」

「菜々留の言う通りよ。夏休みの前には定期試験だって控えてるんだから」

 そろそろ時間も迫ってきた。

 里緒奈たちが席を立ち、美香留は急いで着替えを済ませる。

「なんかお兄様がぬいぐるみじゃないと、変な感じ……」

「そうねえ。でもナナル、こっちのほうが好きだわ」

「いつものぬいぐるみがおかしいのよ。異様なテンションで、スカート丈がどうのって」

「待って、待って! ミカルちゃん、まだ準備できてない~っ!」

 いつの間にやらキュートは姿を消し、代わりに妹の美玖が合流していた。実家からゲートを通ってきた体で、臆面もなく輪に溶け込む。

「早くしなさいよ、あなたたち」

「あれ? 美香留ちゃん、来てたの?」

「日直だし。……それじゃ、兄さん。ミクたちは『学校』だから」

 その一言が『僕』をあっさりと切り捨てた。

 いつもなら『僕』も教師として、皆に同行するところ。

 しかし人間の男性となっては、S女の敷地に足を踏み入れることはできない。ただでさえ、過去には『スクール水着の変質者』として捕まったこともあるのだ。

(やれやれ……面倒なことになってきたぞ?)

 SHINYのメンバーを見送ってから、『僕』のほうも出発する。

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