第276話

 里緒奈が大袈裟に肩を竦めた。

「てゆーかさあ? Pクン、パンツを克服するためにパンツに慣れようとした……って、おかしくない? リオナ、前提からして間違ってると思うんだけど?」

「え? でも……」

「だからぁ。普通は見た分だけ、余計に好きになっちゃうでしょ」

 それを菜々留が適切な喩えで言い換える。

「Pくんの場合はスクール水着で考えればいいのよ。スクール水着に耐性をつけようとして、スクール水着ばかり見てたら……Pくん、どうなっちゃうかしら?」

 今になって『僕』は己の愚かしさを思い知らされた。

 テーブルに両手をつき、愕然とする。

「そ、その通りじゃないか……僕は何てバカなことを……」

「これがSHINYのプロデューサーだなんて……レンキ、頭が痛くなってきたわ」

 パンツを克服するつもりが、逆に泥沼に嵌まっていようとは。

 実際、『僕』は昨日よりもパンツを語れるようになっていた。今なら女子高生のパンツを頭に被ることさえ、受け入れられるかもしれない。最大限の敬意を持って。

 そんな『僕』を美香留がフォローしてくれる。

「でっ、でも? それだけおにぃ、女の子の下着に興味が出てきたってことっしょ? 男の子としては正常……あれ? それって正常なんだっけ?」

 おかげで『僕』は我に返った。

「だっ、大体さ? みんなが最近、やたら僕にパンツ見せようとするから……」

「ギクッ」

 ばつが悪そうに里緒奈たちは口を噤む。

 先日の世界制服でもそうだった。『僕』の目の前でミニスカートを捲しあげ、誰にも内緒のパンツを披露している。

 躊躇いがちに菜々留が頷いた。

「そこはお兄たまの言う通りかもしれないわ。でも少しはランジェリーにも反応してくれないと、勝負下着の価値だって……ねえ?」

「確かにそれはリオナたちにとって、重大な案件かも」

(何言ってるんだろ……?)

 里緒奈がメンバーと目配せしつつ、あるアイデアを提示する。

「だったらさあ、こーいうのはどう? お兄様は当面、人間の姿で過ごすの」

「え? ぬいぐるみのほうが処刑は簡単よ?」

「恋姫ちゃん? 僕に執行猶予を!」

 処刑の是非には触れず、妹の美玖も口を揃えた。

「なるほどね。ぬいぐるみの妖精だと、何をしたってお咎めがないから、兄さんも自制できないのよ。でも人間の姿なら、そうもいかないから……」

「そっ。ブレーキが利くってこと」

 この裁判で被告席に立つ『僕』も、そのロジックに納得する。

「ぬいぐるみだから頓着しない……か。ふむ……」

「真剣な表情で誤魔化そうとしないでくれませんか? 変態の分際で」

 恋姫の辛辣な物言いはともかくとして。

 ぬいぐるみの姿でいるせいで、鈍感になっている部分はありそうだった。

 今回は犯罪すれすれだったこともあり、『僕』とて反省はしている。

「そうだね。じゃあ修行に関わらない分には、変身を解いていようかな」

「それそれ! ミカルちゃんも賛成っ!」

「まあ……それで兄さんが、少しでもまともになるなら……」

 反対の意見は出ず、『僕』の処遇は決まった。

 妹以外のメンバーがリビングの隅っこで輪になる。

「これはお兄様にぬいぐるみを卒業させるチャンスよ? みんな、ここはひとつ――」

「共同戦線ね、わかったわ。恋姫ちゃんと美香留ちゃんもいいかしら」

「ええ。美玖も異論はないようだし……」

「抜け駆けは禁止だかんね? ミカルちゃんも約束するから」

 話はすぐにまとまったらしい。

 妹の美玖が『僕』に横目の視線を引っ掛ける。

「変身はしばらく止めるんでしょ? さっさと易鳥のパートナーに戻ったら?」

「そりゃ易鳥ちゃんとは、いつも人間の姿で一緒だったけど……」

 ひとまず『僕』は部屋へ戻り、得意の変身を解いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る