第274話
それは取るに足らないと軽視していた勢力の、大反抗だった。
『僕』にとって、スクール水着やレオタード、体操着にチアガールは強豪の大名だ。小田や武田、毛利に喩えればわかりやすいだろう。
変身ヒロインは上杉で。
ゆくゆくは自陣に加えるつもりのバニーガールは、伊達といったところか。
そんな戦国の世において、ランジェリーなど長曾我部程度の存在感でしかなかった。
女の子のパンツに喜ぶなど、小学生の発想じゃないか。
誰もが当たり前のように『通過』するだけの、基礎中の基礎。
ゆえに『僕』も、パンツそのものは重視しなかった。
モロパンよりもチラリズムを。
そこに妄想の介入する余地があり、可能性は無限となる。
だが――歴史は今、変わりつつあった。
考えてみて欲しい。あの織田にせよ、当初は小さな一領主に過ぎなかったのだ。今川の軍勢が大挙して押し寄せた時、誰もが織田家の終焉を見ただろう。
しかし織田は今川に勝利し、戦国大名として輝かしい一歩を踏み出した。
そういうことだ。『戦いは数だ』とはいえ、それを逆転させた例はいくらでもある。
長曾我部のパンツが、織田のスクール水着と肩を並べることも、また然り――。
要するに『僕』は今、
「ア~~~ッ!」
ランジェリー属性の破壊力を、まさに身をもって思い知らされていた。
きっかけはラブメイク・コレクションだろう。それ以前にも、美香留のモロパンに目を奪われるなど、懸念は感じていた。
それが昨夜の添い寝騒動で、いよいよ勢いを増してしまって。
ぬいぐるみの『僕』はベッドの上で右へゴロゴロ、左へゴロゴロ。妹たちの艶めかしいセミヌードを思い出しては、燃えるほどに煩悶とする。
(侮ってたよ……ブラとパンツの魅力を)
これがまだ市販の下着くらいなら、『僕』とて冷静でいられた。
しかし恐るべきはラブメイク・コレクション。一流のデザイナーが手掛けた最先端のランジェリーが、『僕』をどこまでも惑わせる。
気が付けば、リボンかフリルかを真剣に考察していた。
また気が付けば、白か黒かピンクかを延々と考察していた。
ほかにもピュアな純情系で攻めるか、セクシーな小悪魔系で攻めるか。
考察すればするほど、『僕』は哲学的な深みに嵌まっていく。
そもそも……パンツとは何なのか?
それは同時に、『僕』に罪悪感をも植えつけた。
あれだけスクール水着への愛を説いておきながら、この転身ぶりだ。今までの自分の薄っぺらさを、とことん痛感させられる。
これが『僕』の個人的な嗜好の話なら、単なるプライドの問題で済んだ。
しかしSHINYのプロデューサーとして『僕』は世界制服を進めなくてはならない。なのにセーラー服でもなくブルマでもなくスクール水着でもないモノに、こうも心を乱されているのだから。
危機だ。
大事な夏を前にして、SHINYはかつてない危機に直面している。
「何とかして、このパンツの誘惑を克服しないと……」
ぬいぐるみの『僕』はベッドの上で蹲り、思案に暮れた。
ロダンの『考える人』は、思考とは頭のみならず、全身を駆使するものだと表現している。それと同じく『僕』もぬいぐるみの全部を力ませて、ひたすらに考える。
やがて結論は出た。
「パンツに惑わされるのは……そうだ、僕はパンツにまだ免疫がないから……」
慣れていない、ただそれだけのこと。
そのせいで過剰に新鮮味を感じてしまい、動揺しているのだ。
そんなことで世界制服の方針がブレてしまっては、『僕』は自分が許せない。
「SHINYのためにも。克服するんだ……パンツを!」
SHINYの命運を懸けた、孤独な戦いが始まった。
ランジェリーにはブラとパンツがあるので、まずはパンツから。
どちらかといえば、ブラジャーは『下着』ではなく『おっぱい』のカテゴリに属するものだろう。ブラジャーを頭に被って悦に浸る変態は、意外に少ない。
対して、パンツはそれ単体で嗜好として成り立つ。
頭にパンツを被れば、それだけで立派な変態なのだから。
そんなわけで、『僕』はパンツを克服するべく行動を開始した。
幸いにして、『僕』の職場のひとつは女子校だ。男子がいないため、生徒たちはスカートの裾をぎりぎりまで短くしている。
あとは『僕』が宙に浮くのではなく、地面に立てば――。
(これは訓練なんだ。気を引き締めて……行くぞっ!)
お昼休み、ぬいぐるみの『僕』は地面に降り、S女の廊下を歩いてみた。
見上げれば、そこに広がるのは魅惑の世界。
「あっ、P先生! 今日も可愛い~!」
「癒されるよねー。P先生、おやつあげよっか?」
小さな『僕』を見下ろし、女子高生たちが無邪気に微笑む。
「い、今はお腹いっぱいだから……午後の授業も頑張ってネ! みんな」
「はーいっ!」
教師としての貫禄を保ちつつ、その光景に『僕』は目を奪われた。心を奪われた。
白が、黒が、紫が、ピンクの生地が、女の子の聖域を絶対不可侵とする。
そこには女の子ならではの健全なファッションがあった。
女子校ならなおのこと、誰に見せるわけでもない下着に、皆が拘っている。自分だけの趣向を凝らしている。
つまりパンツとは女の子にとって、もっとも自己表現が反映されるおしゃれであり。
(嗚呼……っ!)
いつしか『僕』は涙で視界を滲ませていた。
女子高生たちのパンツが、忘れていた何かを思い出させる――大切な何かを。
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