第272話

 枕投げで程よく身体を動かしたところで、メンバーは布団の中へ。

「ふあ~あ……今度こそ寝よっか」

「レンキまで大騒ぎしちゃったわ……はあ」

 しかし美香留がまたも怖がり、同じ布団へ『僕』を引きずり込もうとする。

「おにぃ、一緒に寝よ? ね?」

 恋姫がジト目で『僕』を睨みつけた。

「だめよ、美香留。朝になって妊娠してたら、どうするの」

「ちょっと! 恋姫ちゃん? アイドルがなんてこと言うのさ?」

 お風呂で『僕』はあれだけ、あれだけ自制しているというのに……女子高生アイドルからの評価は手厳しい。

 里緒奈が何かを言いかけて口ごもる。

「みんなが寝てるとこで、ふたりだけでこっそり……そーいうシチュエーション、Pクンのエッチなゲームになかった?」

「りっ里緒奈ちゃん? それって何の話?」

 枕投げでHPを削ったうえで、MPまで削るのか。この美少女たちは。

 ただ、菜々留はあっさりと妥協してくれた。

「構わないわよ、ナナルは。ぬいぐるみを抱っこして寝るようなものでしょう? 別にPくんの大好きなスクール水着で寝るわけでもないし……ねえ?」

「あー、そっか。Pクン、スクール水着じゃないと興奮しないんだっけ?」

 異議ありまくりなのだが、ヤブヘビなので黙っておく。

 同衾の許可が下り、嬉しそうに美香留はぬいぐるみの『僕』を抱きかかえた。

「今夜は特別っ! 朝までずっと一緒だね、おにぃ」

「う、うん。まあ……」

 多少の抵抗はあったが、『僕』も今夜は美香留に従うことに。

 すぐそこで悪霊退治がおこなわれているのだから、怖いものは怖いだろう。

 それに、この松の間は完全に女子のテリトリー。『僕』が羽目を外そうものなら、もれなくコマンド入力技が飛んでくるのだ。

(美香留ちゃんの横でおとなしくしてればいいだけ、か)

 けれども妹の美玖は先ほどの件で、すっかりへそを曲げていた。

「みんな、兄さんに甘いったら。兄さんはミクのパンツを盗んだ前科があるのよ? スクール水着以外にもスケベ丸出しに決まってるじゃない」

「だからあっ! あれは誤解……」

「まあまあ、美玖ちゃん。旅行なんだし、今夜くらいは大目に……ね?」

 菜々留が宥めようとするものの、妹の機嫌は直らない。

「なら、ミクは兄さんのお部屋で寝るから」

「え? でも美玖も怖いんでしょう? ユーレイが……」

「兄さんの奇行に比べたら、どうってことないわ」

 ついには恋姫たちの説得も意に介さず、松の間を出ていってしまった。

 里緒奈が肩を竦める。

「まっ、竹の間だってすぐ近くだし? 大丈夫なんじゃない?」

「朝になれば、美玖ちゃんも落ち着いてると思うわ」

「むしろP君と同じお部屋で寝る、レンキたちのほうが危ないものね」

 恋姫は軽蔑のまなざしで『僕』に念を押すと、布団の中へ潜り込んだ。里緒奈や菜々留もそれに続き、間もなく消灯する。

(やれやれ……)

 同じ布団に美香留がいるとはいえ、さすがに眠気が強くなってきた。

 ぬいぐるみの『僕』とて疲れているのだろう。

「おにぃ、ユーレイが近づいてきたら、やっつけてね?」

「任せてよ。じゃあ、みんなもおやすみー」

 薄闇の中、『僕』たちは目を閉じる。

 しかし……。

 しかし『僕』の考えが甘かったらしい。美香留が寝返りを打った拍子に、浴衣の胸元がはだけ、爆乳とコンバンハ。

(ひい……っ!)

 橙色のブラジャーはこれまたラブメイク・コレクションのもの。

 すでに寝入っているらしい美香留が、寝言を囁く。

「うぅ~ん……おにぃってば、えへへ、赤ちゃんみたいに吸っへるぅ……」

(吸ってるって何を? 美香留ちゃんの夢の中で、何してんの? 僕!)

 えらいことになってきた。

 寝言といったら、普通は『もう食べられないよ』ではないのか。

 隣の布団で里緒奈もうわごとを漏らす。

「やぁん、もお……くすぐったいでしょ? お兄様ぁ……」

 小さなくしゃみのあと、恋姫の呟きも聞こえた。

「ほら、風邪ひいちゃいまふから……ひゃんと、レンキと肩まれ……」

 さらには菜々留まで、

「ナナル、自分でするから……お兄たまは、ぎゅっへしててね?」

 夢の中で、『僕』じゃなくって皆が何しちゃってるの?

 ひょっとしたら、『僕』の魔力を媒介に色々とシンクロしているのかもしれない。

(い、意識するな? 眠ってしまえば、こんなの……)

 そう思うほどに強烈に意識してしまって、『僕』はなかなか眠れずにいた。

 そんな時間が悶々と二十分ほど続いただろうか。

 闇の向こうで扉が静かに開く。

(……?)

 誰かが忍び足で松の間へ入ってきたらしい。

 まさか幽霊が――いや理論的に言って、幽霊に足はないはず。

 女の子の影が一歩ずつ『僕』へと近寄ってくる。

「えっへっへ……お・に・い・ちゃ・ん」

(出たあ~~~ッ!)

 妹でした。可愛いほうの。

 キュートが魔法で照明を点け、『僕』を中心に半径一メートルほどの視界を確保する。

「あれ? お兄ちゃん、寝てるのぉ?」

「……………」

 『僕』は狸寝入りでやり過ごそうとするも、この妹はむしろチャンスとばかりに迫ってきた。『僕』たちの布団に手を当て、魔法陣を展開する。

 魔法消去のディスペルだった。

 その効果によって『僕』は人間へ戻ると同時に、

(ぎゃああああっ!)

 すっぽんぽんですがな!

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