第271話

 それでも美香留は豪語した。

「そんなの決まってんじゃん。枕投げっ!」

 里緒奈も飛び起き、口を揃える。

「やるやるっ! それよ! 枕投げを忘れてたわ」

「ち、ちょっと? 枕投げだなんて、旅館のひとに迷惑でしょう?」

 優等生の恋姫は戸惑うものの、菜々留や美玖まで便乗した。

「SPIRALとパジャマパーティーとは行かなかったものねえ」

「兄さんの魔法があれば、旅館に迷惑を掛けることもないし。今夜くらいは美香留の好きにさせてあげたら? 兄さん」

 アイドルが枕投げでキャッキャウフフ――企画としてありかもしれない。

「じゃあ配信用に少し撮影もする感じで。ルールはどうするの?」

「ルール? テキトーに投げまくればいいんじゃない?」

 押入れの中には充分な数の枕が入っていた。

 まずは『僕』が得意の魔法で、松の間の全域をカバー。防音・防振は無論のこと、テレビや窓ガラスにもシールドを展開しておく。

「Aチームは里緒奈ちゃんと恋姫ちゃんで、Bチームは美香留ちゃんと菜々留ちゃん。審判は僕が務めるとして……美玖はどっちのチームに入る?」

「二本勝負にして、一回戦はAチーム、二回戦はBチームに入ってもらったらいいんじゃないかしら? 勝ち負けは合計点で、ね」

「じゃあ、ミクはそれで」

 勝っても負けても、景品だの罰ゲームだのはなし。

「とにかく相手の陣地に投げ込めばいいんですね? わかりました」

「なんだかんだ言って、恋姫ちゃんもやる気満々じゃないの」

 ぬいぐるみの『僕』は審判として、中央のラインをまっすぐに見据える。

「それじゃ一回戦、開始~っ!」

 合図と同時に美香留の先制攻撃が唸った。

「先手必勝ぉ! えいっ!」

「ぎゃふ?」

 枕が跳ねるように飛び、里緒奈の顔面でくの字に折れる。

(よかった……みんなの身体にも一応、シールドを適応させといて……)

 のけぞる里緒奈に代わって、恋姫が力いっぱいに枕を投げ返した。

「顔面は反則でしょう? 美香留!」

「ドッジボールじゃないんだから、反則じゃありませ~ん」

「だからぶつけるんじゃなくて、相手の陣地に投げ込むのよ。枕を」

 美玖や菜々留も枕を拾っては投げ、応戦する。

 右からも左からも枕が飛び交う中、『僕』は魅惑の光景に目を見張った。

(おおお……っ!)

 里緒奈たちが枕を投げるたび、浴衣が乱れる。

 その隙間から巨乳が零れそうになる。

 裾も開いて、柔らかそうなフトモモをちらちらと覗かせた。お風呂上がりの柔肌が上気し、健康的な色気を醸し出す。

 そして狙ったようにアピールされる、穿いてない疑惑……!

 ブラジャーは肩のストラップが見えるので、着けているのは間違いなかった。しかしパンツは確認できそうで確認できず、だからこそ『僕』は興味を掻き立てられる。

 いやいや、穿いてないわけがないじゃないか?

 だが、しかし……この目でパンツを確認できないのも事実なわけで。

 特に美香留に至っては、ブルマを直穿きしていた前科がある。

『浴衣は着物と同じで、下着は着けちゃだめなのよ』

『えっ? そーなの?』

 仮にこんなやり取りがあったとしたら?

 美香留はパンツも穿かずに、あれだけ暴れて……さすがにないか。

 そんな妄想を膨らませつつ、『僕』は審判に徹する。

「――そこまで!」

 アイドルたちは早くも息を乱していた。

「はあ、はあ……こっちは美玖がいる分、有利なはずなのに」

「3対2でも、あんまり変わらないみたいねえ」

 松の間は広いとはいえ、枕投げをするには狭い。また枕の数にも限りがあった。

 そのような制限の下にあっては、三人目が余剰な戦力になるのだろう。実際、一回戦はBチームの美香留&菜々留が勝利する。

「美玖ちゃん、次はミカルちゃんと一緒!」

「はいはい」

「うぅ……一回戦は人数差で押しきれると思ってたのに」

 続いて二回戦が始まった。

 アイドルたちが縦横無尽に跳ねながら、枕を掴んでは投げる。

 そのたびにたわわなボリュームが弾んだ。浴衣の裾が捲れあがった。

「やったわね? これはお返しよ!」

「へぶうっ? ちょっとぉ、顔面はなしっしょ?」

 無邪気なはずの枕投げが、そこはかとなくピンク色を漂わせる。

(これを素でやっちゃうんだもん。やっぱりみんなにはアイドルの才能が――)

 そう感心しつつ、前に出てしまったのがいけなかった。

 里緒奈が枕と間違え、『僕』を引っ掴む。

「そこねっ!」

「ま、待って? 里緒奈ちゃ……ア~~~ッ!」

 それを続けざまに美香留が拾って、

「まだまだ! 勝負はこれからだもんねー」

「ア~~~ッ!」

 ぬいぐるみの『僕』は枕ともども投げられまくる。

 ルールのうえでは、敵の陣地の『空きスペース』にこそ枕を投げるべきだ。しかし誰もが夢中になるあまり、ルールを忘れ、枕投げはドッジボールの様相を呈し始める。

 それにしたってさあ?

 枕を壁に叩きつけるのは、違うよね?

 次第に菜々留や恋姫が息を切らせ、攻撃も休み休みになる。

「ね、ねえ……この二回戦、やけに長くないかしら?」

「ちゃんと時間計ってるんですか? P君……あ」

 恋姫が視線を降下させて、ようやく気付いてくれた。

 ぬいぐるみの『僕』が中央でぺしゃんこになっていることに……。

「ぼ……僕は枕じゃ、ないんですけど……」

「あわわっ、おにぃ? 大丈夫?」

 美香留は心配してくれるものの、その美香留にも投げられてるからね?

 それを恋姫が膝で受け止めた拍子に、『僕』の身体はくの字にひしゃげ――うん。人間だったら吐いてるところ。

 ただ、藁にも縋るというやつだ。

 無意識のうちに『僕』は何かに掴まっていた。

「……ん?」

 それは一枚の帯で。

 見上げれば、美玖の浴衣と繋がって……いや、解けかけている。

 次の瞬間、妹の身体から浴衣がずれ落ちた。

 そしてピュアホワイトの、細やかなデザインのランジェリーが露になる。ラブメイク・コレクションでキュートが着ていたもので間違いない。

「――きゃあああっ?」

 妹は赤面し、大慌てでむっちりボディーをかき抱いた。

 圧倒的なボリュームの爆乳に、その両手が丸ごと食い込む。

 同時にフトモモを内へ寄せるも、純白のショーツは惜しげもなく晒されて――。

 そんな妹のセミヌードを目の当たりにし、せめて『僕』は正直に伝えようとした。ありのままの感想を。ムラムラと込みあげてくる、この気持ちを。

「……い、いいぞ? 美玖……よく似合っへぁぶっ!」

「放しなさいったら! この変態ッ!」

 めっちゃ踏みつけられた。

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