第270話
有栖川刹那にしろ『僕』にしろ、余所の芸能事務所に可能性を感じているのだから。
それでも『僕』はSHINYのプロデューサーとして、メンバーを鼓舞する。
「競争し甲斐のある強敵が出てくるってことさ。VCプロが新しいアイドルグループを推してきたら、僕たちは胸を貸してやるつもりで、ネ!」
「……まあ、まだ存在さえしていないライバルに怯えても、ね」
妹の美玖も『僕』と語尾を揃えて、納得。
「それはそうと……今日はどうして、この宿を貸し切りにしたんですか?」
その質問に菜々留や恋姫も便乗した。
「不思議よねえ。シーズンじゃないにしても……」
「こういう貸し切りって、お店としてはどうなのかしら?」
この温泉街でも人気の旅館のはずだ。貸し切りにするにしても、SPIRALとSHINYのメンバーだけでは人数が少なすぎる。
何やら刹那が口ごもった。
「ええと……これは一応、言っておいたほうがいいかもしれないわね。万が一、間違えて入るようなことがあってもいけないし……」
「???」
『僕』たちは一様に疑問符を浮かべる。
「ごめんなさい。大したことではないの。わたし、この旅館から依頼を受けて……」
その唇が意味深に囁いた。
「向こうに離れがあるでしょう? あそこに悪霊が出るらしいのよ。それで、わたしたちが駆除に……うっ、ううん! お払いに来たわけ」
美香留の顔がみるみる青くなる。
「あ、あぁ……あくりょお?」
一方で、恋姫は平然と言い換えた。
「ユーレイが出るんですか? ……そのお祓いを、有栖川さんが?」
菜々留と里緒奈もオカルトをすんなりと受け入れる。
「どこまで聞いちゃっていいのかしらねえ。ナナル、ホラーは苦手で……」
「苦手っていうより、興味ないんじゃなかった? 菜々留ちゃんの場合はさあ」
メンバー間でまさかの三対一に追い込まれ、怖がりは力説。
「ま、待ってってば! なんで平気なの? ユーレイが出るってのに?」
里緒奈は肩を竦めると、『僕』に一瞥をくれた。
「だって……ねえ? ぬいぐるみに憑依してるのが、そこにいるじゃない?」
「僕を怪奇現象と同じにしないでよ? 心外だなあ」
「Pくん? 自覚してちょうだい?」
「超常現象ではありますね」
妖精さんの『僕』と暮らすうち、その手のオカルトに免疫がついたらしい。
「今夜のうちにこっちで済ませるから、あなたたちは気にしないで」
「は~い」
「え? ビビってるの、ミカルちゃんだけ?」
本心では気になるものの、『僕』も有栖川刹那に問い詰めることはしなかった。
彼女が普通の人間ではないことは知っている。おそらく悪霊退治はその一環で、外部の人間が興味本位で介入してよいことではないはず。
「何なら見学に来てもいいのよ? ふふっ」
「リオナはパ~ス。もっかいお風呂、入りたいし?」
お互い干渉はせず、この件は流すことに。
ところが美香留のほかにも、恐怖で口の端を引き攣らせる面子がひとり。
「ユ、ユーレイ……この旅館、ユーレイが出るの……?」
妹は血の気が引くまで青ざめていた。
☆
夕食のあともお風呂に入って。
それからSPIRALのメンバーとゲームで盛りあがったりして。
「……と、そろそろお開きにしましょうか。わたしも明日は学校に行かないと」
「週末の感覚だったけど、火曜だもんねー」
名残惜しく思いながらも、今夜のところは解散する。
刹那たちはこれから離れのほうで幽霊退治だろう。
そのせいか、怖がりの美香留はまだまだ遊びたがっていた。
「まだ十時過ぎっしょ? 早くない?」
「夜更かしはお肌に悪いから、NGよ? 美香留ちゃん」
しかし菜々留や里緒奈はすでに保湿液を塗り、就寝に備えている。
「せっかくのお泊まりで、ちょっと早い気はするけどねー」
「明日も学校なのよ? ほら」
それでも美香留は応じず、美玖に縋った。
「もうちょっとだけ! ね? 美玖ちゃんもこのままじゃ眠れないっしょ?」
「ミクは別に……」
そのタイミングで夜風が吹き、窓をノックする。
里緒奈がトーンを低めに囁いた。
「外はとても寒いんです……お部屋の中に入れてもらえませんか……?」
「ひいいいっ!」
美玖と美香留はひしと抱きあって震えあがる。
「まったくもう……悪ふざけはやめなさいったら、里緒奈。怖がってるじゃないの」
「ごめん、ごめん。ふたりの反応が面白くってぇ」
菜々留が頬に手を添え、溜息をついた。
「でも確かに、悪霊が出るなんてふうに聞かされちゃ……ねえ?」
「そーいや、易鳥ちゃんもその手の話はだめだったよ。魔法学校で肝試しした時も、ルートを全力疾走して、そのまま帰っちゃってさ」
「へっくし!」
「風邪デスか? 易鳥ちゃん」
ぬいぐるみの『僕』を見詰め、美香留が嘆願する。
「おにぃ~! いいでしょ? ミカルちゃん、明日はちゃんと起きるもん」
「まあ、あと一時間くらいなら……でも、何をするの?」
しかし遊ぼうにも、すでに松の間には人数分の布団が敷かれていた。里緒奈たちは浴衣を寝巻として、寝る体勢に入りつつある。
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