第269話
入浴のあとはSPIRALも同じ松の間で合流し、夕飯を待つ。
SHINYのメンバーは口々に『僕』を罵っていた。
「急に温泉だなんて言うから、おかしいと思ったんです。まさか混浴だなんて……」
「ねえ? あんなに堂々と覗こうだなんて、ナナルも思わなかったわ」
「ご飯食べたら、また入るでしょ? スクール水着持ってきて正解よねー」
いつもは『僕』に味方してくれるはずの美香留も、腕組みのポーズで口を尖らせる。
「おにぃは女の子のハダカだったら、誰でもいいわけ?」
しかし実のところ、里緒奈や美香留の裸を目の当たりにしたからといって、『僕』にさしたる感動はなかった。
(全裸なんて、つまんないよなあ……)
嗜好というやつだ。
『僕』はスクール水着を始めとして、何よりコスプレを好む。
そんな『僕』にとって全裸など、教科書に載っている類の裸像と同じなのだ。
ほら、コスプレ要素満載のフィギュアには、ムラムラしてもさ?
美術館にあるような裸体の彫像に、興奮はしないだろ?
まあプールの更衣室で、女の子の裸体にスクール水着が引っ掛かってる分には? 認めざるを得ない魅力はあると思うが?
妹の美玖が珍しく『僕』を庇ってくれる。
「こんなヘチャムクレのぬいぐるみ相手に、裸を見たの見られただの、どうだっていいじゃないの。兄さんなんて日がな一日、素っ裸なのよ? 素っ裸」
「……通報していいですか?」
「待って、待って! フォローするならちゃんとして!」
さっきからSPIRALの三人にメンチを切られまくって、怖いんですけど……。
刹那がやんわりと割って入る。
「それくらいにしてあげたら? 中身は男の子でも、妖精さんなんだから」
美玖が瞳を瞬かせた。
「有栖川さんって、本当に兄さんの認識阻害が通用しないんですね。じゃあ、ミュゼアさんたちも?」
「いいえ。この子たちはずっと、その……認識阻害? の影響化にあったようだけど」
刹那から『僕』の正体を聞いたことで、グラムやウェンディも認識阻害に惑わされなくなったのだろう。つまり彼女たちは『僕』を男性とみなしているわけで。
「サッカーボールにしてやらぁ」
「バスケットボールだろ」
「バレーボールで」
か弱い『僕』をどうしようっていうんだ……ガクガクブルブル。
里緒奈たちはミュゼアやグラムのヤンキーぶりを気にも留めず、距離を詰めていく。
「なんか想像してたのと違う感じよねー。ウェンディさんも」
「ちょっと、里緒奈? 敬語を使いなさいったら」
まだ緊張気味の恋姫に、刹那が穏やかに言い聞かせた。
「いらないわよ、そんなの。少なくともわたしは、あなたたちSHINYと上下関係なんかないと思ってるから。……でしょう?」
「有栖川さん……!」
和んできたところで、お待ちかねの夕食が運ばれてくる。
「お待たせしました! お腹が空いたでしょう。さあさあ、どうぞ!」
ひとり一膳ずつ、懐石料理さながらの上品な色合いだった。メインは焼き魚で、山菜が彩りを添えている。
女将が正座しつつ、本日の献立を紹介してくれた。
「秋でしたら、松茸をお取り寄せしたんですけど……柚子はお好みでお使いください」
「ありがとうございまーす!」
さすが老舗の旅館、丁寧な接客に抜かりがなければ、慢心もない。
「――ではどうぞ、ごゆっくりお寛ぎくださいませ」
「いただきまーすっ!」
皆で両手を合わせ、いただきます。
「美味しいっ!」
「このお吸い物も、いい香りよ? うふふ」
ぬいぐるみの『僕』も美玖と美香留の間で舌鼓を打つ。
「ほんとに美味しいネ。……あ、美香留ちゃん? ほっぺにご飯粒ついてるぞ」
「えっ? どこどこー?」
「わざとらしいのよ、あなたは……」
里緒奈や恋姫は食事がてら、SPIRALの面々と盛りあがっていた。
「やっぱりトップアイドルって忙しいんだ?」
「そこは要領よく……ね? 高校にだって通ってるもの」
「L女? それって名門じゃないですか」
同じ芸能事務所のアイドル同士だけあって、トークも弾む。
VCプロも話題にのぼった。刹那がお吸い物で一息ついて、メンバーと目配せする。
「バーチャル・コンテンツ・プロダクションでしょう? 社長の井上理恵さんは昔、あの観音玲美子さんをプロデュースしていたらしいわ」
「え? みねみーを?」
「ええ。人材も超一流が集まってるとかで……今に出てくるんじゃないかしら」
『僕』としてもVCプロには並々ならない関心があった。
「うちの社長の姪っ子さんが今年、入社したそうよ? そのVCプロへ」
「それ、どっかで聞いたような……なんかすごそ~」
「ナナルたちもうかうかしてられないわ。ねえ? Pくん」
『僕』は箸を休め、打ち明ける。
「僕の占いが確かなら……これからアイドル業界を牽引していくのは、VCプロだと思うんだ。きっと僕らが考えつかないようなやり方で……」
恋姫が息を合わせるように呟いた。
「有栖川さんやP君にここまで言わせるなんて、ちょっと信じられないわね……」
美香留は首を傾げる。
「じゃあ、アイドル業界の未来をぐいぐい引っ張ってくのは、SPIRALでもSHINYでもない……ってことぉ?」
「ちょっと、ちょっと! それじゃリオナたちは何なわけ?」
里緒奈の不満ももっともだった。
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