第268話

 何しろ、あのSPIRALと共演のチャンスなのだ。厚かましくなってはいけないが、この機会をみすみすと逃す手もないわけで。

「Pクン、コラボってどんなの?」

「夕飯の時にでも、みんなにも話すよ。フフフ」

「世界制服にSPIRALを巻き込んだりしないでくださいね? P君」

 マーベラスプロのアイドルたちは雑談がてら、大浴場のほうへ歩いていく。

 と思いきや、SPIRALの刹那以外が足を止めた。

 有栖川刹那のもとに集ったスーパーアイドル、ミュゼア、グラム、ウェンディ。その3人がぬいぐるみの『僕』を取り囲む。

「てめえ、調子乗ってんじゃねえぞ? コラ」

「……エ?」

 ヤンキーばりのメンチで凄まれ、目を点にする『僕』。

「刹那様はオトコが大嫌いなんだ。刹那様のご気分を害するようなら、殺すぞ?」

「……エ、エエエ~ッ?」

 仰天した。

「女子会なんだから、空気読めよ。隅っこでおとなしくしてろ」

「さっさと帰ったほうが、身のためじゃねえのか? オイ」

 ……怖っ!

 SPIRAL、怖っ!

 ミュゼアたちは舌打ちを残し、刹那を追いかけていく。

(あ、あれがSPIRALの素なのかあ……)

 裏表がありすぎるトップアイドルの実態には、戦慄させられてしまった。

 ただ、彼女たちの言い分もわからなくはない。下手に男性と親しくなり、ありもしないスキャンダルで騒がれてはたまらないからだ。

 この旅館にしても、おそらくSPIRALのそういった意を汲んで、本日の従業員を女性に限定している。

(少し様子を見たほうがいいか……怖いし。うん)

 臆病風に吹かれながら、ぬいぐるみの『僕』も噂の温泉へ。


「ご兄妹と聞いておりましたので、露天風呂のほうご一緒にお楽しみください」

「なんでだあーーーっ!」

 そして現在に至る。

 大浴場は当然、女湯と男湯で分かれていた。

 戦車の装甲並みに分厚い壁で、次元レベルで分断されていた……が、問題は露天風呂。そこだけ今夜は仕切りが取り除かれて、繋がっているではないか。

 『僕』は屋内の湯舟に深めに浸かり、息を潜める。

(ろ、露天風呂は意識するな? 誰かと目が合ったりしたら……ガクガクブルブル!)

 露天風呂がアイドルだらけの桃源郷らしいことは、わかっていた。今もアイドルたちのキャッキャウフフが聴こえてくる。

「有栖川さん、真っ白~! やっぱりケアとか意識してるわけ?」

「あ、あの……触ってみていいですか? ちょっとだけ」

「里緒奈ちゃんや菜々留ちゃんだって、とても綺麗よ? きめが細やかで」

 その誘惑的な内容に、男子の『僕』は赤面必至。

 お風呂の熱さも相まって悶々とする。

(そりゃ露天風呂があったら、そっちに行くよね……)

 仕切り戸を一枚隔てただけの向こうで、アイドルたちは仲良く盛りあがっていた。

 お風呂では裸なのだから、必然的に胸の話にもなるわけで――。

「美玖ちゃんの、ナナルが測ってあげるわ。観念して、こっちへいらっしゃい?」

「か、観念しろって何よ……どうしてメジャーなんか持ってるのよ!」

「ミカルちゃんのほうがおっきいもん! 絶対!」

 女の子同士で見て、触れて……。

 指で突っついたり、てのひらで撫でたり? 柔らかさと弾力を内包した曲線を、押し込むように掴んで……揉む。全体を均等に揉みしだく。

 その感触をスクール水着越しとはいえ、なまじ知っているのがいけなかった。

 しかもお風呂だ。里緒奈が、菜々留が、恋姫が、スクール水着の格好で『僕』に甘えてくる、内緒の一時と同じお湯の中で。

(美香留や美玖にもおっぱいで挟まれたっけ……じゃなくてっ!)

 際限なしに忍び寄ってくる煩悩を、『僕』は必死に振り払う。抵抗する。

 露天風呂が繋がっているとわかっていたら、入浴の時間をずらすなりできたのに。もしかして女将は敵なのか?

 SPIRALのヤンキー三人組と共謀して、『僕』を陥れようとしている……?

 露天風呂のほうのキャッキャウフフにドキドキする一方で、『僕』は恐怖に背筋を震えあがらせた。

 だって……このパターンって、あれでしょ?

 もし『僕』が人畜無害な妖精さんではなく、人間の男性だったら?

 お風呂で女の子とニャンニャンのはずが、丸裸で閉め出される羽目になり、せめて股間だけでもV字で死守。

 SPIRALの三人組は大義名分を得て、『僕』を血祭りにあげるだろう。

 そうでなくとも、うっかり変身を解こうものなら、前屈みの姿勢で動けなくなる。

 ……って、何の話だっけ?

 お風呂でのぼせてしまったのか、頭が働かなくなってくる。

「あぁ……もう上がればいいんだよ。上がれば」

 それでも『僕』はどうにか理性を保ち、静かに湯舟を上がった。

 ところが、まさにそのタイミングで露天風呂の戸が開く。

「ねえねえっ! こっちにもお風呂あるんだけどぉ?」

 美香留だった。

 恋姫や里緒奈も出てきて、からっぽも同然の男湯を覗き込む。

「こっちにもお風呂があったの?」

「……あっ、男湯じゃない? 露天風呂で繋がっ、て……」

 その視線の先で立ち往生する、ぬいぐるみの『僕』。

 しばらく時間が止まった。

「……………」

 すっぽんぽんのアイドルたちと、それを真正面から直視する『僕』と。お互い状況の把握に十秒近くを要し、同時に悲鳴をあげる。

「きゃああああっ! ちょっと、なんでPクンがここにいるのよ?」

「おおっ男湯! こっちは男湯だから!」

 ぬいぐるみの『僕』に目掛け、次々と桶が飛んできた。

 偏差射撃ってあるよね? ターゲットの移動先に弾を先回りさせるテクニック。

「逃がしませんよ! ヘンタイ!」

「ぎゃふん!」

 恋姫の一投が『僕』の後頭部に命中した。

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