第267話
夕方にはSHINYのメンバーと合流し、シャイニー号で旅館へ。
「随分とお楽しみだったみたいねえ? Pくんったら」
「ちゃっかりKNIGHTSの全員と……でしょ? バイタリティどんだけ?」
「ほんっとーに節操がないんですから、P君は。反省してください」
ご機嫌斜めだった里緒奈たちも、老舗の温泉を前にするや瞳を爛々と輝かせた。とりわけ美香留は興奮気味にはしゃぐ。
「おお~っ! おにぃも早く、早くっ!」
「慌てなくても温泉は逃げないよ。美香留ちゃん」
その傍ら、妹の美玖はやれやれと肩を竦めた。
「言っとくけど、今日は有栖川さんが招待してくれたのよ? それを忘れないで」
「わかってるってば。美玖ちゃんはおカタいんだから」
「あら、それが美玖ちゃんのいいところでしょう? うふふ」
「先に有栖川さんに挨拶よ? 挨拶」
ユルみがちな里緒奈&美香留を、恋姫&美玖が窘めるのも毎度のこと。菜々留がその中間に立つのも、パターンというやつだ。
「それはそうと……兄さん、せっかくの温泉なのに、そっちの姿でいいの?」
ぬいぐるみの『僕』は宙に浮いて先行する。
「刹那さんとは、こっちのほうが馴染みがあるからネ」
「確かに、P君が男の子の姿で有栖川さんに並ぶのは、ちょっと……」
玄関先で女将が出迎えてくれた。
「まあまあ、ようこそ! SHINYのみなさん!」
本日は女性だけらしい従業員も、総出で『僕』たちを歓迎する。
「本物よ、本物! SPIRALとSHINYの両方に会えるなんて、最高!」
「めちゃくちゃ可愛い~っ! 癒やされる~!」
そのテンションの高さには、むしろ里緒奈たちのほうが気後れしていた。
「あ、あはは……みなさん、今日はよろしくお願いしまぁーす」
「お世話になります。どうも……はい」
照れ笑いを若干引き攣らせながら、旅館の中へ。
「もうSPIRALは来てるの? Pクン」
「多分ね。店員さんたちが舞いあがってるのも、そのせいじゃないかな」
老舗の旅館だけあって、木造の古めかしさにも風格があった。
中庭には見事な枯山水。紫陽花が夕焼け色に染まる。
しかし従業員の数とは裏腹に、旅館の中は閑散としていた。女将がにこにこと語る。
「本日はSPIRAL様とSHINY様の貸し切りとなっておりますので、ごゆるりとお寛ぎくださいませ。SHINY様のお部屋はこちらになります」
その扉の上には『松の間』の札が掛けられてあった。
松竹梅でいうところの最上級だ。
里緒奈と美香留が感嘆の声をはもらせる。
「うわあ~っ!」
松の間は間取りが広いうえに窓が大きく、屋内とは思えないほどの解放感があった。縁側にも一対の席が設けられている。
美香留が早速お茶受けに手を伸ばすのを、恋姫が軽く窘めた。
「じきに夕飯なんだから、我慢しなさい」
「あ、そっか」
半日とはいえ贅沢な旅行に、菜々留もうっとり。
「火曜日だってことを忘れそうだわ。先にお風呂に入って、それからお食事?」
「お風呂のほうは準備できております」
「温泉も貸し切りなんでしょ? サイッコーじゃない!」
里緒奈たちは荷物を置くと、いそいそと松の間をあとにした。老舗の温泉旅館だけに、やはり浴場が気になるのだろう。
「ほかにお客さんがいないからって、あんまり騒いじゃだめだぞー?」
「はーいっ!」
一方、男子の『僕』は別の部屋へ案内される。
「プロデューサー様はおひとりということですので、竹の間で恐れ入りますが……」
「いえいえ。充分すぎるくらいで……ありがとうございます」
某ハーレム漫画のように男だけ馬小屋で――などという展開はなかった。女将の優しさに心の底から感謝しておく。
間もなくSPIRALとSHINYが再会を果たした。
「有栖川さん! 本日はご招待いただき――」
「堅苦しいってばぁ、恋姫ちゃん。有栖川さん、今日はありがとーっ!」
恋姫が丁寧に謝意を伝えようとするのを、美香留がぶった切る。
「ちょ、ちょっと? 美香留、有栖川さんに失礼……」
「ふふっ、いいのよ。気にしないで」
SPIRALの有栖川刹那はすっかり肩の力を抜いていた。
「こっちもさっきまでお仕事だったのよ。今夜はお互い、温泉で骨休め、ね」
「リオナたち、先にお風呂入ろうって話してたの。有栖川さんたちは?」
「そうね。ご一緒させてもらおうかしら」
美香留や里緒奈が遠慮しないこともあり、アイドル同士で和気藹々と盛りあがる。
恋姫と美玖が同時に『僕』をねめつけた。
「P君は男湯ですからね」
「兄さんは男湯よ」
「わかってるよ! ジト目やめて!」
50センチ大でいきり立つ『僕』を見て、刹那が微笑む。
「シャイPもお夕飯は一緒にね。コラボ企画とか、相談したいこともあるから」
プロデューサーとして『僕』は今こそ胸を張った。
「こちらこそ。実は色々、アイデアを練ってきたんだ~」
「うふふ、熱心ね。SHINYが羨ましいわ」
この温泉旅行を単なる休息で終わらせては、もったいない。
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