第266話

「彼女さ~ん! もうよろしいですか?」

 易鳥はカーテンの隙間から真っ赤な顔だけ出して、涙ぐむ。

「ままっ、待ってくれ! 見せるのか? こ、これを……そいつに?」

「彼氏さんの感想が大事なんじゃないですかー」

 スタッフの女性は半ば面白半分の様子で、そのカーテンを捲ってしまった。

「ひゃあっ? み、見るなあ!」

 大慌てで易鳥は我が身をかき抱き、いっそう赤面する。

 下はスカートを穿いているものの、上はビキニのブラジャーが一枚だけ。しかしまだ背面の紐を結べておらず、かろうじて両手で押さえている有様で……。

 『僕』も動揺のあまり声を上擦らせる。

「ちょっ、ちょっと易鳥ちゃん? ズレてるってば!」

「だから『見るな』と言ったんだ!」

 そんなハプニングも間に挟みながら、ビキニのファッションショーは続いた。

 ふたりきりならお互い無言でやり過ごせたかもしれない。しかし店員が『彼氏さんはどうですか?』と確認を取るため、コメントせざるを得ないわけで。

「こういう黒で攻めるのも、セクシーですよね!」

「うん、まあ……」

 セクシーという言葉は男性にとってハードルが高いのだと、痛感した。

 さすがに大きな声では言えないし、他人の前では恥ずかしい。

 なので『僕』はケータイにメッセージを託す。

 すると易鳥が、カーテンの脇からじかに返してきた。

「おっおま、お前というやつは! これだから!」

「え? 口で言うほうがよかった?」

「~~~っ! それはもっと困る……!」

 そんな要領を得ないやり取りも経て、候補の水着が絞れてくる。

 ところが最後の最後で、スタッフが『僕』を遠ざけた。

「彼氏さんはこちらで少しお待ちくださいねー」

「え?」

 その間に易鳥が会計を済ませる。

「ありがとうございましたー! またのお越しをお待ちしてまーす!」

「う、うむ。世話になったな」

 どの水着に決めたかは、『僕』には秘密にしておきたいのだろう。

(見る機会あるのかなあ? 易鳥ちゃんの水着……)

 手提げを肘に掛けなおし、易鳥が『僕』の隣へ戻ってくる。

「待たせたな。次は……アレだ。アレをやるぞ」

「……アレって?」

「わ、わかるだろ? わからないふりして、イスカに言わせたいのか? この外道め」

 彼女に『外道』と罵られている時点で、もはやデートではなかった。

(KNIGHTSってライブのMCもこんな調子だっけ……)

 その『アレ』とやらが何なのか、易鳥は頑なに教えてくれない。

「こいつはテストだ。デートといったら……欠かせないものがあるだろう?」

「あぁ、デートだったの?」

「いっ今になってそれを言うのか? バカ者っ!」

 歩きながら『僕』は腕組みを深めた。

 易鳥のことだ、郁乃や依織に対抗したいに違いない。

 つまり郁乃たちと一緒にやったことで、易鳥とはまだやっていないこと。

「ゲームセンター?」

「……あと一歩なんだが、まあいい」

 ハズレというわけではないようで、易鳥の機嫌もよくなった。

 『僕』たちは先日と同じゲームセンターへ赴き、手頃なゲームを物色する。

「易鳥ちゃん、これ。一緒にやってみない?」

「なんだ? ……パコパコパラダイス?」

 BGMに合わせてボタンを押す、リズムゲームのひとつだ。

 デフォルトのSEが『ぱこん』のため、パコパコパラダイスなのだとか。世間では『パコパラ』の通称で知られている。

 易鳥が鼻を高くした。

「音楽でイスカに勝負を挑もうとは。いいだろう、相手になってやる」

「それじゃあ対戦のほうで。行くぞー」

 『僕』と易鳥は横に並んで、人気のリズムゲームに臨む。

(ゆくゆくはSHINYの楽曲も、こんなふうにゲームで使われたりして……)

 その構想もあって、リズムゲームはそれなりに嗜んでいるつもりだ。

 一方、易鳥は早くも混乱する。

「ま、待て! もう始まってるのか? どれがどれだ?」

「赤色が赤だよ」

「そんなことはわかってる! じゃなくて……」

 結果は『僕』の完勝。

 当然、負けず嫌いの易鳥が納得するはずもなかった。

「い、今のはそう……悪い手本だ。な? 次こそが本番だぞ」

 その次も

「三回勝負! 三本先取するまでが勝負だ!」

 といった具合で、ゲームは延長戦へもつれ込む。

(選ぶゲームを間違えたかなあ……)

 わざと負けるにしても、易鳥に勘付かれては火に油を注ぐだけのこと。

「易鳥ちゃん、今度はこの曲で仕切りなおそうよ。ほら」

「勝ち逃げするつもりか? まあ、お前が言うなら」

 幼馴染みを宥めつつ、『僕』はその都度、決着をはぐらかす。

 やっとのことで易鳥が一勝をもぎ取った。

「勝った! 勝ったぞ! どうだ、見たか? これがイスカの実力……ハッ?」

 そのはずが、何かを思い出したように声を荒らげる。

「そっ、そうじゃない! 何のためにゲームセンターに来たんだ? お前は」

「え? ええっと……」

 『僕』は首を傾げるも、視界の隅っこでそれを見つけた。

「ああ、プリメのこと? 一緒に撮ろうか」

「まったく……誠意が足らんぞ?」

 確かに『デート』なら、一緒にプリントメートを撮ってこそ。

 『僕』と易鳥はプリントメートの筐体に入り、モニターを覗き込む。

「で……どうやって撮るんだ?」

「そう来ると思ってたよ。まずはフレームを選んで……」

 『僕』のほうはすっかり慣れたもので、トントン拍子に進めることができた。

 易鳥にしても、オプションにはさほど拘りがないらしい。

「ピースをするのが流儀だったな。こうか?」

「うん。じゃあ撮るよー」

 『僕』の腕の中で幼馴染みがピースを決め、挑発的に微笑む。

「ん? 文字が書けるのか?」

「易鳥ちゃんの好きに書いていいよ」

 『僕』と易鳥、ふたりで撮った初めてのプリメ。


  『ゲームセンターでパコパコ記念☆』


 いやあ……弁明には苦労したよ、ほんと。

 ハメハメパニックとヌキヌキレースのあとだからね?

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