第265話
易鳥も年下で、里緒奈たちと同い年のはず――なのだが。
マギシュヴェルトでは同じクラスだったせいか、『同級生』といった感覚に近い。
それは易鳥にとっても同様らしく、今さら『僕』に遠慮するような素振りはなかった。
「依織と郁乃は相手しておいて、イスカだけないがしろにするつもりだったのか? まったく……お前というやつは」
「易鳥ちゃんだって普通に来てくれたら、案内くらいしたってば」
KNIGHTSのアイドルであることは認識阻害で誤魔化しているものの、彼女の美麗な風貌は行く先々で人目を引いた。
(そりゃ人気アイドルだもんなあ。易鳥ちゃんも)
先日はS女のプールで乱痴気騒ぎを起こした変人と、同一人物とは思えない。
外見の第一印象はとにかく満点なのだ。マギシュヴェルトの学校でも、大勢の生徒から圧倒的な支持を得ていたもので。
頑固で融通が利かないところも、責任感の表れだろう。
そんな彼女も『僕』とふたりでいる時は、リラックスした様子で肩を軽くする。
「どこへ連れて行ってくれるんだ? 言っておくが、これは……デ、デートだぞ? ちゃんとデートに相応しいエスコートを心掛けろ?」
「わかってるよ。まあショッピングでも」
『僕』も気兼ねせず、午後の街を幼馴染みと一緒に散策。これといったプランもないので、行き当たりばったりで適当な店を覗き込む。
「晴れてきたな」
「だね」
いつしか六月の空も青々と晴れ渡っていた。
それでも雨の香りは残っており、風は涼しくも寒くもある。
「この梅雨が明けたら、一気に暑くなるんだろーなあ」
「こっちの夏は初めてだぞ。イスカは」
「じゃあ気を付けたほうがいいよ。熱中症とか、日射病とか。マーベラスプロでも毎年、講習で対策やったりするしさ」
そんな六月らしい空気の中、夏の気配は少しずつ存在感を増していた。
冷やし中華のノボリがあったり、夏休み用のキャンペーンが告知されていたり。
そろそろ水着の販売も始まっているはず。
「そうだ、易鳥ちゃん。水着でも見に行こうか」
何気なしに提案するも、幼馴染みは怪訝そうに一歩あとずさった。
「お前、いきなりそれか? デートは始まったばかりだぞ?」
「え……でも、もうじき夏だし? SHINYのみんなも今月に入ってから、『今年の水着は』ってよく言ってるけど?」
「そ、そうか……」
易鳥が頬を染めるのに気付き、ようやく『僕』も自覚する。
(……あ。男性から『水着を見に行こう』なんて、先走りすぎか……)
普段から女子のコミュニティにいるせいで、そのあたりの感覚が麻痺していた。
易鳥にとっては『水着を要求された』のと同じこと。
「ま、まあイスカは別に構わないが……」
まんざらでもないらしい返答が、かえって『僕』を緊張させる。
(落ち着け? 僕。易鳥ちゃんの水着だって、何回も見たことあるじゃないか)
そんな言い訳をしながら、『僕』は彼女とともに魅惑の水着売り場へ。
夏の本番に先んじて、ブティックはすでに豊富なラインナップを揃えていた。女性スタッフが気さくな調子で易鳥に声を掛けてくる。
「いらっしゃいませー! 彼氏さんと水着をお探しですか?」
「かかっ、彼氏だと?」
途端に易鳥は慌て、周囲を警戒しだした。
天音騎士様って、慌てる時も臨戦態勢なんだなあ……。
ブティックにはSHINYのメンバーを連れてくることも多いおかげで、『僕』のほうは割と平静を保っていられる。
「僕みたいなのが入っちゃっても大丈夫ですか?」
「どうぞ、どうぞ。彼氏さんをお連れになるお客様も、よくいらっしゃいますので」
男ひとりなら不審者でも、女性の同伴なら無罪放免だ。
『僕』は易鳥の彼氏を気取りつつ、水着コーナーの品揃えを一瞥する。
「もうすぐ夏なんで、水着をと思って」
「ですよね~! こういうのは出遅れると、すぐなくなっちゃいますから。お客様は本当にタイミングがいいです」
アイドルグループのプロデューサーとして純粋に興味もあった。
こういったファッションの最前線まで出向き、自分の目で確かめてこそ、把握できるものがある。どうやら今年はフリルが多めのパステルカラーが人気らしい。
平日の昼間だけに客は少なく、スタッフにも余裕がある。
「お客様は大変スタイルがよろしいですから、絶対ビキニがオススメですよ! お好きな色はありますか? 柄もたくさん種類がございますので」
「うん? あ、ああ……そうだな……」
セールストークに多少たじろぎながら、易鳥は水着コーナーへ歩み寄った。
しかし品揃えを眺めるより先に『僕』を睨みつけ、釘を刺す。
「スケベなことは考えるなよ? 頭を空にしていろ」
「はいはい」
むしろ彼女が戸惑っている分、『僕』には余裕があった。
(易鳥ちゃんにとっちゃ、郁乃ちゃんたちと来るほうがよかったか……)
明らかに易鳥は背中越しに『僕』を意識しつつ、店員のオススメに頷いている。
「ブラのほうは試着できますよ。どうぞ、こちらへ」
「は? こ、ここで着るのか?」
この騎士様は意外に流されやすい。
おそらく『僕』の視線が気掛かりで、注意が散漫になっているのだろう。一度にひとつのことで頭がいっぱいなってしまうタイプだ。
あれよあれよと試着室へ放り込まれ、待つこと数分。
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