第264話
しかし美玖とキュートで入れ替わるにしても、強引で。すでに『僕』がフォローに入ったのも、一度や二度ではなかった。
(菜々留ちゃんあたりは気付いてるよなあ、あれ……)
バレるのは時間の問題。
それでも『僕』は妹の秘密を守ってやりたい、と思っている。
「だから易鳥ちゃんにも協力して欲しいんだ。みんなにバレるまで……その、美玖に話を合わせてあげてもらえると……」
易鳥は溜息をつくと、神妙な面持ちで続けた。
「お前はいいのか? お前が庇うことで、かえって妹が泥沼に陥っても」
その言葉に『僕』はぎくりとする。
「それは……」
「SHINYのメンバーに打ち明けるなら、今のうちかもしれんぞ」
騎士の易鳥は何かと独断で突っ走る傾向にあるものの、自分に近しい人間の機微には、驚くほど敏感だった。
易鳥の言う通り、キュートの正体をSHINYのメンバーで共有するなら、早いほうがよい。それが遅くなるにつれ、無理な嘘は増え、キュートの立ち位置も怪しくなる。
また、バレた際のダメージも同様だ。今なら軽傷で済むものが、一ヶ月後、二ヶ月後には致命傷となる可能性もある。
なのにプロデューサーの『僕』が踏み出せない、その理由は――。
「なんていうか、その……正体を暴いたら、キュートとの関係が終わっちゃいそうで……さ。美玖じゃなくって、キュートの」
『僕』にしてはしどろもどろな物言いに、易鳥は首を傾げる。
「美玖とキュートは同一人物だろう?」
「そ、そうだけど。僕にとっては別人でもあって……」
天使「美玖ちゃんは一緒にお風呂には入ってくれないからね」
悪魔「スクール水着で添い寝も、な」
天使と悪魔にあっさりと図星を突かれてしまう『僕』がいた。
情けない話だが、実の妹にムラムラしているのも事実だ。里緒奈に恋姫、菜々留、さらには美香留とまでニャンニャンの回数を重ねておきながら。
それでも『僕』はキュート(美玖)に固執し、みっともない言い訳を求める。
「美玖が好きにやってる分には、応援したいっていうか……うん」
「本当に妹のためか?」
そんな『僕』の浅ましさを見抜きつつも、易鳥が続けた。
「……まあ、妹にしては余所余所しかったからな、美玖は。あいつなりにお前との距離を縮めたくて、変装を始めたのかもしれん」
「それはどうかなあ……」
そして半信半疑かつ優柔不断な『僕』に、約束してくれる。
「わかった。天音騎士の矜持に懸けて、このイスカ、キュートの秘密を守ろう。とりあえず、当面の間は黙っておけばいいのだろう?」
「ありがとう! 易鳥ちゃん」
思わず『僕』は前のめりになり、テーブル越しに彼女の手を取った。
またも易鳥が赤面する。
「お、落ち着け……! いっ、いつまで握ってる?」
「っと、ごめん。なんか身体が勝手に」
照れくさいものを感じつつ、『僕』はその手を解いた。
(易鳥ちゃんの指って、こんなに細かったっけ……)
よくよく見れば、本日の幼馴染みはコーディネイトにも気合が入っている。
「易鳥ちゃんのお母さんも美人だもんなあ」
「母様がどうかしたのか?」
「いや、だから……易鳥ちゃんも綺麗になったなあ、って」
「へぶっ?」
目の前の美女がいきなりチョコパフェに鼻を突っ込んでしまった。
「おおっお前というやつは! びっくりさせるな!」
「な、なんかよくわかんないけど、ごめん……」
『僕』は直視すまいと顔を背けつつ、ハンカチを差し出す。
観念するように易鳥はそれを受け取り、口元を拭った。
「少し外すぞ。……このパフェはイスカのだからな? 食べるんじゃないぞ?」
(鼻の穴がくっついたパフェは、僕でもちょっと……)
幼馴染みが化粧室から戻ってきたところで、パフェ合戦を仕切りなおす。
「と、ところでさっきの話だが……交換条件と行かないか?」
さっきの鼻チョコのせいか、恥ずかしさを勢いにするかのような語気だった。
「いいよ。僕にできることなら」
「だったらKNIGHTSのプロ……いや、これは早いな。……よ、よし! これにしよう。これだ、これ」
『これ』を何回も挟んでから、やっとのことで要求を突きつけてくる。
「今から……いっ、今から! わた……イスカとふたりで、少し遊ばないか……?」
お誘いに『僕』はきょとんとした。
「それってデートってこと?」
「話を飛躍させるなっ! ま……まあ? 傍目にはそうかもしれんが」
妹の件で先に協力を要請したのは『僕』のほうだ。そのお礼をチョコレートパフェひとつで済ませようとは、『僕』とて思っていない。
「四時にはみんなと合流して、おんせ……夜も仕事が入ってるんだよ。だから2、3時間くらいになっちゃうけど、それでもいいなら」
「う、うむ! じゃあ早く食べて、次へ行くぞ! 次へ!」
かくして午後は易鳥と一緒に街をぶらつくことに。
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