第263話

 とりあえずSHINYのメンバーには、巽Pとお昼を済ませてもらうことにして。

巽『事情は知らねえが、こっちは私に任せとけ』

僕『ありがとうございます。お昼代は領収書をまわしてもらえれば、対応しますので』

巽『おう。マーベラスプロで切っとくぞ』

 こんなにツーカーで話が通じるひとは、久しぶりかもしれない。

 しかし『僕』が今対応すべき相手は、会話が噛み合わない恐れがあった。何しろこちらが『明日は早起きで』と言ったら、朝の四時に呼びに来るようなツワモノだ。

 そんな彼女と相対するためにも、まずは『僕』のほうから歩み寄る。

「喫茶店の中でぬいぐるみと相席してたら、不自然だろう?」

「そこは大丈夫だよ。認識阻害で……」

「周囲にどう思われるか、じゃない。気分の問題だ」

「えーと……じゃあ、易鳥ちゃんも妖精さんに変身する……とか?」

「お前も大概おかしいからな? イスカだけ変人扱いするな?」

 別に『僕』はぬいぐるみの姿で構わなかったのだが、易鳥の要望を受け、化粧室で変身を解く。一時的に素っ裸になってしまったものの、トイレの中なのでセーフ。

 身だしなみを整え、易鳥のもとへ急ぐ。

「お待たせ。易鳥ちゃん」

「……ん?」

 幼馴染みの彼女はメニューから顔をあげ、人間となった『僕』を見詰めた。しかし数秒ほどでメニューに目を戻すと、何やら口ごもる。

「イスカと一緒の時は……そ、そっちの姿でいろと、言ってるだろう? ……ライバルが増えるのは、その、困りものだが……関係のアピールとしてだな、うむ……」

「え? 何のこと?」

「なっ、何でもない! それより何を食べようか、迷っていて……な」

「ふーん。どれどれ――」

 易鳥がガン見しているメニューを脇から覗き込むと、飛び退かれてしまった。

「ちちっ近い! 近いぞ、貴様っ!」

「あ、ごめん。でも、そんなにびっくりしなくても……」

「お……お前のアップは心臓に悪いんだ……」

 心臓に負荷が掛かるモブ顔って、どういうことだろう。

(ぬいぐるみの僕に女の子がドキドキするんなら、わかるけど……)

 ウェイトレスの視線も気になるので、先に注文を済ませることにする。

「こっちは昼食のつもりだったんでな。カツ丼でも、と思っていたんだが……うーむ」

「その手のお店は、お昼時は混むからさ」

 平日のランチタイムだけあって、軽食店はどこも繁盛していた。

 しかしスイーツがメインの喫茶店なら、そう労することなく席につける。ランチ用のメニューも充実しているとはいえ、確かに『定食でがっつり』というイメージはない。

「しっかり食べられそうなのはオムライスくらいか? あとはパフェばかりで」

 身体が資本の騎士様は、まだ注文を決めあぐねていた。

 ランチのページを確かめては、スイーツのページへ戻り……またランチのページを物色しては、スイーツのページにチラ見を差し込む。

「易鳥ちゃん、ほんとはパフェが食べたいんでしょ?」

「ななっな? わ、私は騎士だぞ!」

 その相貌が俄かに赤く染まった。図星の反応だよなあ、これ。 

 易鳥はわざとらしい咳払いで誤魔化そうとする。

「ごほん。ま……まあ? お前がパフェを食べたいというなら、致し方あるまい?」

「そうだね。じゃあ、僕はこっちのチョコパフェで」

「あっ? ま、待て! イスカが選ぶのが先だ」

 子どもの頃から変わらない幼馴染みの言動が、こそばゆかった。

 こうして意地っ張りな部分を尊重しつつ、その意を汲む。幼馴染みの『僕』だからこそ慣れたもので、『僕』としても居心地がよい。

 結局『僕』は抹茶パフェを、易鳥はチョコパフェを注文した。

 それをそわそわと待ちながら、易鳥が切り出す。

「で……ふたりだけで話とはなんだ?」

 『僕』はごくりと固唾を呑んだ。

 認識阻害の魔法が効いているとはいえ、慎重に声のボリュームを落とす。

「キュートのことなんだけど。易鳥ちゃんはキュートの正体を……」

「お前の妹じゃないのか?」

「……………」

 『僕』は自分の両手に顔を押しつけ、うなだれるほかなかった。

 今までは『誰もキュートの正体を指摘しないんだから、単なる僕の思い込みじゃ?』という自己暗示が可能だった。

 しかし実際に別の人間がキュートの正体に言及したことで、いよいよ『僕』は現実に直面せざるを得なくなる。キュートは妹の美玖なのだ、と。

「そっかあ……やっぱりあれは美玖かあ……」

「妹のこともわからないのか? お前は」

 ただ、おかげでこの悩みを共有できる相手にも恵まれた。

 『僕』は腹を括り、幼馴染みの易鳥にキュートの件を相談する。

「待ってくれ。その話、長くなりそうか?」

「まあ、それなりに」

「パフェが来た」

 それからお互いパフェを半分ほど平らげるまで。

 『僕』の話は続き、同じだけ易鳥の相槌も繰り返された。

「なるほど。キュートの正体はバレバレのはずなのに、誰もそれを暴こうとしない……暗黙の了解というやつか、もしくは本当に気付いていないのか……」

「そこの線引きができなくてさ。易鳥ちゃんはどう思う?」

「ふむ……。美玖が認識阻害の魔法を使ってるわけではないのだろう?」

 易鳥は腕組みのポーズで、食べかけのパフェを睨みつける。

 抹茶パフェを食べる『僕』の手も止まった。

「どうも美玖は、あれで正体を隠し通せてるつもりらしいんだ」

「あの変装でか?」

 アイマスクで目元を隠しただけ。にもかかわらず、妹は別人になりきっている。

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