第262話

 ただ、巽Pの言葉はそこで終わらなかった。

「しかしまあ、歌唱力はこれから伸ばせるだろ。ファーストアルバムのレコーディングがあるんだっけか? そりゃいつだ?」

「えっと、来月の半ばです」

「あと一ヶ月か。ふむ……ならプロデューサー、私と短期で契約しないか?」

 まさかの誘いにSHINYのメンバーが顔をあげる。

「それって……?」

「マーベラスプロにあるだろ? 『スペシャリスト』って制度が」

 思わず『僕』は勢い余って、跳ねてしまった。

「スペシャリスト! いいんですかっ?」

「おう。一ヶ月でどこまで伸ばせるか、わからねえがな」

 マーベラス芸能プロダクションには、外部のコーチを任意で雇える『スペシャリスト』というシステムがある。

 それを利用すれば、VCプロの巽雲雀に稽古をつけてもらうことも可能だ。

「どのみちマーベラスプロのアイドルには、一度関わっておきたかったんだ。プロデューサー、お前も『あわよくば』くらいには考えてたんだろ? スペシャリストを」

「はい。じゃあお言葉に甘えて、来月のレコーディングまで……」

「任せとけ。やるからには、徹底的に扱いてやらあ」

 巽雲雀じきじきの稽古。

 一ヶ月の短期とはいえ、SHINYの歌唱力を底上げしてくれるに違いない。

「じゃあSHINYは一か月間、巽Pにご指導いただくということで……みんなもそれでいいでしょ? パワーアップできるんだからさ」

 里緒奈や菜々留は早くも乗り気に。

「もっちろん! どんなふうに教えてくれるのか、リオナ、楽しみっ!」

「マーベラスプロのレッスンだけじゃ、ワンパターンに陥ったりするものねえ。ナナルも賛成よ、Pくん」

 恋姫は巽Pに折り目正しくお辞儀する。

「スペシャリストの件、よろしくお願いします。……ほら、美香留も」

「あ、うん。お世話になりま~す」

 まだまだ業界に不慣れな美香留も、見様見真似で頭を下げた。

 巽Pはしたり顔でやにさがる。

「おう。こっちもこっちで勉強させてもらうさ。……それと」

 その視線が再びKNIGHTSの面々を捉えた。

「そっちにもコーチを紹介してやるぜ。VCプロには舞台演出のプロフェッショナルがいるんでな。変人っちゃ変人だが……まっ、すぐに慣れるだろ」

 『僕』は横から口を挟む。

「宍戸直子(ししどなおこ)さん、ですね?」

「さすがにご存知か。……どうだ? KNIGHTS」

 決めあぐねているのか、易鳥たちは困惑気味に顔を見合わせた。

「稽古をつけてもらうことに異論はないが……結局、SHINYとKNIGHTSの勝負は引き分けということか? うぅむ……」

「拍子抜けしちゃったとこは、イクノちゃんもあるかもデス」

「まあ勝負に拘ってたのは、イスカだけだし。VCプロの指導には興味ある。でもスケジュールのほうはどうかな」

 曲がりなりにもプロのアイドルにしては、いささか優柔不断に過ぎる。

 その原因を、『僕』と巽Pは同時に看破した。

「ひょっとして……易鳥ちゃんたち」

「お前ら、プロデューサーはいねえのか?」

「う」

 ばつが悪そうに易鳥が言葉を飲み込む。

 里緒奈が溜息交じりに呆れた。

「はあ……プロデューサーもいないのに、よく今まで活動してこられたわねー。豪胆というか、向こう見ずというか」

「うっ」

 天音騎士様の立場は悪くなる一方で、なかなかターンがまわってこない。

 恋姫が淡々と付け加える。

「活動面の責任の所在とか、どうなってるのよ? マネージャーもいないの?」

 その質問に対して、郁乃はお茶を濁し、依織は正直に白状した。

「う~ん……最初のうちは、そーゆーひともいたんデスけどぉ……」

「大体はそっちのお察しの通り」

 『僕』は半ば呆れつつ確信に至る。

(易鳥ちゃんたちに振りまわされたんだろーなあ)

 KNIGHTSの関係者がハチャメチャに曝されたらしいことは、もはや想像に難くなかった。ただでさえ易鳥は独断専行しがちなうえに、魔法まで使えるのだから。

 それこそ彼女と同じマギシュヴェルトの魔法使いでなければ、KNIGHTSのプロデュースは務まらないだろう。

(やれやれ……今夜にでも、ちょっと社長に報告しとくか)

 易鳥が開き直って、勢い任せに踏ん反り返る。

「ふ、ふんっ! KNIGHTSのやり方に口を出さないでくれ。たつみうんじゃく、せっかくの厚意を無碍にしてすまないが、さっきの話は断らせてもらうぞ」

「おう……まあ、こっちも無理強いするつもりはねえけどよ」

 幼馴染みの『僕』のみならず、おそらく全員が感じ取っていた。

 この騎士様はプライドの高さが災いして、引っ込みがつかなくなっただけだ。郁乃と依織は『あちゃあ』という面持ちで黙り込む。

 ぬいぐるみの『僕』に、甘えん坊のキュートが不意打ちで抱きついた。

「巽さんのレッスンにはお兄ちゃんも来てくれるんでしょ? きゅーとのために」

「う、うん。送り迎えだって要るから……ね?」

 反射的な動揺を禁じえず、『僕』は声を上擦らせる。

 すると、もうひとりの妹が対抗心を燃やすのも、毎度のこと。

「ちょっとぉ? ミカルちゃんのおにぃを独り占めしないでってば」

「べーっだ! お兄ちゃんはもーとっくに、きゅーとのモノなんだから」

(キュートのモノって、まさかあの夜の……いやいやいや)

 ぬいぐるみの『僕』が横長に引っ張られようと、里緒奈たちは暢気に眺めるだけ。

「それよりお昼にしない? 巽さんも一緒に」

「そうね。レンキも巽さんには聞きたいことがたくさんあるもの」

「気合が入ってるみたいね、恋姫ちゃん。頼もしいわ」

 一方で、易鳥が大きく瞳を瞬かせた。

「ところで、さっきから気になってたんだが……」 

 その人差し指がまっすぐに仮面を指す。

「そんな恥ずかしいマスクつけて、何やってるんだ? み――」

「みみっミステリアスって言いたいんだよね? そうだよねっ? 易鳥ちゃん!」

 言葉を被せるのがギリギリで間に合った。

 『僕』は慌てふためくも、何とか声を張りあげて誤魔化す。

「ええーっと……そ、そうそう! 幼馴染み同士、ちょっとふたりで話そっか! お昼! お昼ご馳走するから、ふたりだけで!」

 こういう時はとにかく大きな声と、脇目も振らない強引さだ。多分。

 『僕』の鬼気迫る物言いに気圧されたのか、易鳥がたじろぐ。

「わ、わた……イスカとふたりで、か?」

「うん。よし行こう、すぐ行こう! そーゆーことだから、じゃっ!」

 皆が呆気に取られている隙に、『僕』は易鳥の背中を押しまくって、スタジオの外へ。

「……あっ! 待ってよ、おにぃ~!」

「ちょっと、Pクン? 急にどうしちゃったわけ?」

 こいつはあとで説明するのが大変だぞ……?

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