第261話

 本番を直前にして、やっとKNIGHTSのセンター様が合流した。

「遅かったね、易鳥ちゃん。……あれ?」

「う、うむ」

 ところが、その風貌に『僕』たちは目を白黒させる。

 依織や郁乃はケイウォルス学院の制服なのに、易鳥は一張羅のワンピースを羽織っていた。わざわざハンドバッグまで肩に掛け、お出掛けですか?

 郁乃がつぶらな瞳を限界まで細める。

「易鳥ちゃんさあ……なんか勘違いしてない? 今日はSHINYのレコーディングに来ただけデスよ? なのにそんなカッコで……」

 今さらのように易鳥は大慌て。顔を赤らめ、噛みながらもまくし立てる。

「こっこれはだな? 収録のあとにお昼ご飯でも、と思って……だ、だろうっ?」

「いやまあ、ランチくらい付き合うけど」

 ぬいぐるみの『僕』が二つ返事で応じると、キュートが眉を吊りあげた。

「お兄ちゃんっ? またそーやってぇ、女の子に甘いカオ!」

「ええっ? これって僕が怒られるとこなの?」

「あとで反省会ねえ。Pくんの異性関係については」

 菜々留が拳をコキコキ鳴らすのは、見なかったことにする。

 おめかしモードの易鳥は照れ隠しに顔を背けつつ、収録現場を見渡した。

「このスタジオなら、イスカたちも先週使ったばかりだぞ」

「同じマーベラスプロなんだから、当然じゃない?」

 易鳥の態度が少し余所余所しいせいか、里緒奈は距離感を掴みかねている。

 それは易鳥にとっても同じらしい。SHINYのメンバーとはあまり話さず、巽Pを真正面から見据えた。

「今日こそ結果を聞かせてくれるんだろうな? 巽雲雀(たつみうんじゃく)」

 巽Pの眼鏡がずれそうになる。

「お、おう……。ただし結果がどうなっても、文句はなしだぜ? こっちもVCプロでそれなりに仕事を抱えてっからなァ」

 実際はどうあれ『忙しい』の一言は、取引相手との無難な線引きとなった。それを踏み越えてまで要求できるほど、『僕』はまだ彼女との関係を築けていない。

(のるか、そるか……正念場だぞ? みんな)

 人数も少ないことから、間もなくレコーディングが始まった。

 『僕』や郁乃たち、巽Pが見守る中、収録は順調に進む。

「どれも一発オーケーでしたね! お疲れ様です、SHINYさん!」

「ありがとうございましたぁー」

 日々のレッスンの甲斐あって、ニ十分ほど早く終わったくらいだ。

 これには巽Pも舌を巻く。

「へえ……自然体でしっかりプロやってるじゃねえか。もっと初々しいもんを想像してたんだが、こいつは認識を改めねえとな」

「去年の今頃はバタバタしっ放しだったんですけどね」

 メンバーの仕事ぶりが第一線のプロに評価され、『僕』も嬉しかった。

 里緒奈や菜々留も集まり、巽Pの感想を待つ。

「リオナたちの歌はどうだったの? もっとイケそうな感じ?」

「ちょっと不安だわ、ナナル。こんなふうに誰かの評価を聞くことって、ないから」

 KNIGHTSの面々も傍で聴き耳を立てていた。

 しかし『僕』たちの期待や不安とは裏腹に、巽Pの感想はあっけらかんとしたもので。

「まあなんだ……歌だけで聴くと、パッとしねえよなあ」

「あ~~~っ!」

 SHINYのメンバーはドミノ倒しのテンポでくずおれる。

「お前らも自覚はしてんだろ? 歌のほうはイマイチだってことに」

 改めて巽PはSHINYの評価を述べた。

「何も貶してるわけじゃないぜ? アイドル楽曲の場合は、ビジュアル性やダンスも合わせた総合力がモノを言うからな。その総合力ではKNIGHTSに勝ってる」

 KNIGHTSの易鳥が声をあげる。

「巽Pっ? KNIGHTSではなくSHINYを選ぶのか?」

「最後まで聞け。総合力だ」

 アイドルの楽曲は第一にキャラクター性があってのもの。単に歌唱力のみならず、ダンスや演出、衣装なども評価の基準になる。

「なんだかレンキたちが、パフォーマンスで誤魔化してるようにも聞こえますけど……」

「考えすぎだよ。僕も歌手を育ててるつもりはないからさ」

 そんな『僕』の方針を、巽Pが尊重してくれた。

「ハッ、言うじゃねえか。しかし大事なことだぜ? お前らは歌手よりアイドルが向いてる。それを踏まえたうえで、じゃあ歌唱力をどうするかって話だ」

 その眼鏡越しの視線がKNIGHTSの面々を横切る。

「KNIGHTSとは逆のパターンってやつか。KNIGHTSは歌こそ達者だが、それ以外のアイドル性はちょっと……なあ?」

「う……」

 さすがの易鳥も、巽Pの物言いには図星を突かれたようだった。

 SHINYとKNIGHTSの勝負に決着がつく。

「残念だが……現時点では、SHINYにもKNIGHTSにも、作曲家を斡旋してやることはできねえ。そこは理解しろ?」

「……………」

 里緒奈も、菜々留も、恋姫も、美香留も、キュートも、口を噤むしかなかった。

 今まではプロデューサーの『僕』が口を利き、マーベラス芸能プロダクションのベテラン勢を味方につけていた。いわゆる温室育ちというやつだ。

 しかしその庇護のない場所で、端的に『実力不足』と判断されたのだから。プロデューサーの『僕』以上に悔しいだろう。

(今回は僕の魔法も一切なしの、ガチの審査だったもんなあ……)

 魔法の力がなければ、SHINYのステージなど――そう痛感したのかもしれない。

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