第260話
月曜日は充実の部活動を経て――。
「だから事故! 更衣室を開けちゃったのは事故で!」
「……だそうよ? 美玖ちゃんの判定は?」
「死刑」
白か黒かで答えるべきところで死刑って、おかしくない?
そして運命の火曜日がやってきた。『僕』たちは朝から学校を休んで、レコーディングのためマーベラス芸能プロダクションへ。
里緒奈が言葉に期待を含める。
「アルバム用のレコーディングはまだ先よね? Pクン」
「今日はほら、『ユニゾンヴァルキリー』のOP。あれのSHINYバージョンをちゃっちゃと録ろう、ってことになってさ」
エレベーターで上へ移動しながら、『僕』はメンバーに発破を掛けた。
「アルバムのレコーディングの前哨戦ってことで。頑張ってネ!」
「は~い!」
本日はレコーディングだけの予定なので、衣装やメイクの必要もない。里緒奈たちはラフなスタイルで第一スタジオへ集合する。
すでに巽Pも来ていた。
「早いですね、巽P。わざわざご足労いただいて恐縮です」
「なぁに、構わねえよ。VCプロもすぐそこなんでな」
VCプロは商売敵にもかかわらず、マーベラス芸能プロダクションと良好な関係を維持している。メジャーとインディーズで持ちつ持たれつなのだとか。
(VCプロの社長は確か……井上理恵さん、か。デビュー当時の観音さんをプロデュースしていたそうだし、一度会ってみたいなあ)
そんな先駆者たちに比べれば、魔法使いの『僕』などたかが知れている。
「今日はよろしくお願いします。巽P」
「そう気張んなって。SHINYもそれなりに歌えることは、私も知ってっから」
それでも一流の音楽プロデューサーが見ているとなっては、プレッシャーを感じた。
(僕がこんな調子でどうするんだ? みんなを信じないと)
一方、SHINYのメンバーはリラックスできている。
「このあとは温泉よ、温泉!」
「SPIRALと一緒なんっしょ? ミカルちゃん、お話したことないんだけど?」
「ナナルも今日が初めてみたいなものよ。うふふ、楽しみだわ」
「気が早いのよ、あなたたち。少しは美玖を見習って……あら? 美玖は?」
マネージャーは姿を消し、代わりにキュートが合流した。
「お待たせ、お兄ちゃんっ! えへへ」
「あー、ええっと……迷ったりしなかった?」
「お兄ちゃんと会えるんだもん。きゅーと、迷子になんかならないってば」
この可愛い妹は、どちら様で……?
しかし深く考えては、先日の朝チュンを思い出してしまうので、別の思考でキャンセルしておく。コツは先行入力だぞ。
「ユニゾンジュエルのコスプレは美玖の担当だけど。歌い手としてはもちろんキュートを推したいからさ。今日は頑張ってネ」
「うんっ! きゅーと、KNIGHTSには絶対負けないんだから」
キュートが爆乳の前で拳を握り、ガッツポーズを弾ませる。
いつもは何かとキュートに対抗したがる美香留も、今日は足並みを揃えた。
「そーそー! 魔法でズルしてるKNIGHTSには、ミカルちゃんたちでギャフンと言わせてやらなくっちゃ」
「ぎゃふん」
ところが、そこへ別の誰かが割り込む。
KNIGHTSのポーカーフェイスにしてマイペースな依織だった。
里緒奈が反応に困る。
「ナ、KNIGHTSも来てたのね……」
「ここはマーベラスプロだもの。イオリたちがいて当然」
相変わらず依織は掴みどころがないものの、競争心の類は感じられなかった。郁乃もやってきて、ぬいぐるみの『僕』を上目遣いで覗き込む。
「にぃにぃって、ずっと変身してて、魔力が切れたりしないんデスか?」
「その修行も兼ねてるんだよ。わかりやすく言うと、MPの最大値を伸ばす感じ」
KNIGHTSはリーダーの易鳥が暴走がちなだけで、郁乃や依織とは普通にコミュニケーションが成り立った。ただ、ふたりも易鳥を止めるつもりはないらしい。
ふたりともケイウォルス学院のブレザーで女子高生らしく決めている。
「易鳥ちゃんは?」
「今、寝癖を直してる。今朝は寝坊してたから」
問題の易鳥がいないのを確かめつつ、菜々留がふたりに問いかけた。
「ナナル、疑問なんだけど……KNIGHTSはあれだけ歌えるのに、どうしてVCプロの巽さんにそこまで執着するの?」
郁乃が両方のてのひらを上に向け、やれやれと嘆息する。
「にぃにぃの邪魔をしたいだけデスよ。こっちでアイドルやり始めたのも、単ににぃにぃに対抗してのことなんデス」
「た、単ににーにに?」
「混乱しないで? 美香留ちゃん」
「ごめん……リオナもちょっと混乱しちゃったわ」
郁乃は若干舌足らずな口調だから、聞き取りづらい部分はあるかも。
話半分に聞いていたらしい巽Pが、軽く首をほぐす。
「プロデューサー、お前、妹が何人いるんだよ。しかも胸のデカいのばかり……悪さしてんじゃねーだろうな? おい」
「聞いてください、巽さん! このひと、昨日も女子更衣室を……」
「あれはアクシデント! ほんとに事故なの!」
「Pクン? 残念だけど、それ、犯罪者の言い訳よ?」
SHINYの実力以前にプロデューサーの信用を問われるなんて……グスン。
(みんな、お風呂だとあんなに素直で可愛いのに……)
それから郁乃と依織も交え、取り留めのない雑談に興じること数分。
「温泉? えっ、今夜なんデスか?」
「いいね……うちはほら、リーダーがアレだから」
「もうちょっと早かったら、KNIGHTSも誘えたのにねー? Pクン」
「次の機会があったら、ぜひ一緒に行こうよ。刹那さんも喜んでくれるだろーしさ」
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