第259話

 ミュージック・プラネットの見学を終え、『僕』たちは帰路につく。

「昨日も今日も外食になっちゃったわね。明日こそはお夕飯を作らなくっちゃ」

「明日の当番は里緒奈ちゃんと、美香留ちゃんね。美香留ちゃんはまだ慣れてないでしょうし、ナナルもお手伝いするわ」

「ありがとー、菜々留ちゃん。どーしようかと思ってたんだ」

 先にお風呂のスイッチを入れてから、一同はリビングにて集合。

「夜も遅いし、紅茶はなあ……ココアでいい?」

「それならミクが淹れるわ。兄さんはやることあるでしょ」

 『僕』がノートパソコンを叩き、美玖が皆のココアを淹れるうち、外の雨足も遠のいていった。雨が続くせいで、夜はそこそこ冷える。

 だからこそ、ホットのココアで一息。

「ふう……どうしたものかなあ? 易鳥ちゃんのKNIGHTSは」

 ミーティングが始まって十秒もしないうちから、恋姫が頭を抱え込んだ。

「まさか堂々と魔法で押してくるなんて……」

「Pくんが普段、どれだけ魔法の濫用に配慮してくれてるのか、よくわかったわ」

 菜々留も暗にKNIGHTSのやり方を否定する。

(魔法の濫用……だよなあ)

 仮に『僕』が手段を選ばずにアイドルをプロデュースしていたら、易鳥と同じことをしただろう。認識阻害の魔法ひとつでも、恐ろしいほどに応用は効く。

 けれども、それでは『僕』が目標とする『アイドルの魔法』には届かなかった。

 観音玲美子のコンサートで、なぜあれほど感動したのか。

 いくらマギシュヴェルトの魔法を駆使したところで、あのステージには遠く及ばない。だから『僕』は魔法をあくまでサポートとしている。

 美香留が芸能誌をぱらぱらと捲った。

「よーするにぃ……KNIGHTSは魔法で売り上げを伸ばしてるってこと?」

「身も蓋もない言い方をするなら、そうだね。魔法で稼いでるんだ」

 『僕』はぬいぐるみの身体で腕組みを深める。物理的には無理なので気分的に。

「CDで聴く分には大丈夫……とは思うけど。どうかな? 美玖」

「多分ね。歌自体は堪能だから、そこは魔法がなくても」

 もしCDでも天音魔法が発動するとしたら――そこから先は想像したくなかった。

 易鳥が天音魔法を制御できているうちは、まだ構わない。モラルの問題だ。

 しかし精神に作用する魔法は、少なからず人体に影響を及ぼす。『僕』が認識阻害の魔法を最小限に抑えるのも、周囲の皆に副作用をもたらさないためだ。

「ライブだと、爆音で天音魔法を受けるわけだからなあ……。普通の人間がそんなの何回も聞いてたら、変になっちゃうかもしれないぞ」

「そ、それってヤバくない?」

 事態の深刻さを察したらしい里緒奈が、息を飲む。

 美玖も神妙な面持ちで懸念した。

「恐ろしいのは、天音魔法の効果範囲の広さよ。要は『音』が届きさえすればいいんだもの。対処法は耳栓をするか、真空で遮断するか……」

「もしくは、より大きな音で妨害するかだね」

 そういった対抗手段はあるものの、どれも確実性に欠ける。空気中では時速360キロに達する『音』からは、そう簡単に逃げられない。

「しかも易鳥にとっては歌うだけ、なんですよね? P君。反則すぎませんか」

「だからマギシュヴェルトでも一子相伝なんだよ。天音魔法は」

「敵の魔法だったら無理ゲーじゃん、それ」

 ただ幸いにして、易鳥が実直な性格のおかげで、天音魔法の使い方もわかりやすいものだった。周瑜や陸遜ではなく、武闘派の太史慈が計略を用いる程度の脅威だ。

 菜々留がKNIGHTSを端的に評価する。

「とりあえず巽さんも言ってた通り、KNIGHTSは歌唱力だけなら合格、ってところかしら? 易鳥ちゃん、仁王立ちで歌うだけだったし……」

「パフォーマンスは赤点よねー。もうちょっと何とかならないわけ?」

 不安そうに恋姫が『僕』に振った。

「巽さんとしてはKNIGHTSのほうが魅力的……かもしれませんね。郁乃さんと依織さんも、歌のほうは相当なレベルに達してましたので」

 それは『僕』も内心で思うところだ。

 しかしプロデューサーとして、安易に敗北を認めるわけにはいかない。

「SHINYが負けてるとは思わないよ、僕は。歌謡曲の方面で伸びしろがあると踏んだからこそ、巽Pにアプローチを掛けたわけだしさ」

 心配性の恋姫が胸を撫でおろした。

「そんなふうに考えてくれてるなんて……ありがとうございます、P君」

「だめよ、恋姫。兄さんに気を許したりしないで。ステージ衣装の件、忘れたの?」

 しかし『僕』の評価が上がった分は、妹がしっかり下げに来る。

「少しは僕に格好つけさせてよ! 美玖?」

「……ぬいぐるみの分際で?」

「その視線! お兄ちゃんを珍獣扱いする、その視線やめて!」

 地団駄を踏む『僕』を、後ろから美香留が抱っこした。

「おにぃは世界一カッコいいってば。美玖ちゃんがわかってないだけ~」

「でしょ? そうだよネ~」

 『僕』と美香留は兄妹よろしく意気投合。

 実妹の美玖は静かに席を立つ。

「そろそろ家へ帰るわ。おやすみなさい」

「あ……うん」

 そして妹はリビングをあとにして……。

 案の定、一分後にはアイマスクを着けて戻ってきた。

「ちょっと、ちょっと! 美香留? お兄ちゃんから離れてったら!」

「キュ、キュートぉ? お部屋にいたの?」

 ずっと美香留の目の前にいたんですがね。ダブルキャストな妹は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る