第258話

 やがてエキストラで客席も埋まり、放送が始まった。

 ライブ放送だけに、SHINYのメンバーは緊張気味に背筋を伸ばす。

(ミカルちゃん、じっとしてるのって苦手かも……)

(そこは魔法でフォローするから、安心してよ)

 盛大な拍手が鳴り響いた。

「テレビの前のみなさん、こんばんは! 今月もこの日がやって参りました!」

 ミュージック・プラネットは月に一度、こうして生放送がおこなわれる。そこで登場するアーティストは大抵、当日まで伏せられていた。

 とはいえ、あとからファンに『見逃した』とクレームが来ても困るので、匂わせる程度のことはする。今回も公式サイトにて、トリオのシルエットだけは公開されていた。

 しばらくは昨今のチャートの動きなどで盛りあがる。

「観音玲美子の新曲はまだまだ伸びそうですねー」

「あの歌唱力は反則ですよ。ハハハ」

 そして、いよいよサプライズの時間となった。

「それでは今夜の特別ゲストにご登場いただきましょう。話題沸騰のアイドルグループ、KNIGHTSです!」

 易鳥を先頭にして、郁乃、依織がゲートから満を持して登場。

 拍手が一際大きくなる。

「ご、ごきげんよう。KNIGHTSの易鳥だ」

「さっきイクノちゃんに『緊張するな』って言ったの、易鳥ちゃんデスよぉ?」

「頼り甲斐のない騎士様ね。毎度のことだけど……」

 三人ともマギシュヴェルト騎士団の正装だった。易鳥は腰に鞘入りの剣を下げている。

 とはいえ剣はキャラ付けの小道具と思われているらしい。

「ようこそ、KNIGHTSのみなさん。今夜はぜひ色々とお話を聞かせてください」

「う、うん? 任せておけ。番組の段取りなら、ちゃんと憶えているぞ?」

「CM入らなくていいんデスか? これ」

 人気アイドルにしてはたどたどしい易鳥のトークが、微妙な空気をもたらす。

 隣の巽Pも首を傾げていた。

 ただ、『僕』にはひとつ心当たりがある。

(易鳥ちゃんが半年でここまで……やっぱりアレとしか……)

 郁乃や依織はまだしも、センターの易鳥は素人も同然だった。トークは要領を得ず、カメラの位置さえわかっていない。

 キャラクター性で通すにしても、違和感が残る。

 それでも司会は進行に徹し、生放送を繋いだ。

「え、ええと……それでは歌ってもらいましょうか。KNIGHTSより『ナイツオブラウンド』です。どうぞ!」

 会場の照明が一斉に落ち、ステージだけが幻想的にライトアップされる。

 中央の易鳥は大きく息を吸うと――高らかに声を響かせた。

(兄さん!)

(わかってる!)

 その瞬間、『僕』は魔法で障壁を張る。

 KNIGHTSの歌声は甘美だった。先ほどまでの挙動不審はどこへやら、易鳥は誇らしげに胸を張り、その旋律に美声を落とし込んでいく。

 まるでオルゴールを転がすかのように。

 楽譜通りに音を出しているのではなく、歌が生きている。

 郁乃と依織のハーモニーも合わさり、KNIGHTSがメロディに力を与える。

 その歌声にエキストラもスタッフもうっとりと酔いしれていた。

 けれども、『僕』と美玖だけは気付いている。

 これは魔法だ。

(さすが天音騎士……!)

 易鳥は『音』を介して魔法を発動させる、天音魔法の使い手なのだ。

 つまり彼女にとって、歌は魔法。

 楽曲に魅了(チャーム)の魔力を込めることで、ファンの心を奪っている。

(いやこれ、マギシュヴェルトでもアウトなんじゃ……?)

 天音魔法は易鳥の家系でのみ伝えられる、一子相伝の魔法でもあった。

 その影響下を逃れるなら、『僕』のように魔法で障壁を張るか、もしくは音そのものを遮断するほかない。

 曲が終わる頃には、会場の雰囲気は一変していた。

 エキストラは感激し、司会も褒めちぎる。

「いやあ、素晴らしいステージでしたねえ! 生で、間近で観てこその臨場感!」

「今にアイドル楽曲のトップランカーになりそうですよね! はい」

 それもそのはず、魔法という反則技を使ったのだから。

(名門の騎士がやること……かなあ?)

 『僕』とてプロデュース面で魔法を多用しているので、否定はできなかった。それでも物事には『程度』というものがあるのではないだろうか、どうだろうか。

 『僕』と美玖が呆気に取られるように、里緒奈たちも唖然とする。

「ええっと……確かに歌は上手かった、けど……?」

「なんだか釈然としないわねえ……」

 かくして生放送は終了。現場の緊張感が急速に緩んでいった。

 ずっと黙り込んでいた巽Pが、不可解そうにぼやく。

「こいつがKNIGHTSか」

 『僕』の傍にいたおかげで、巽Pは天音魔法の影響に巻き込まれずに済んだ。魔法を抜きにKNIGHTSのライブを見て、感じたことを語り出す。

「歌唱力は大したもんだぜ、余所の芸能事務所に依頼を持ち込むだけのことはあらぁ。だが……アイドルにしちゃ、パフォーマンスがお粗末じゃねえか?」

 その視線が眼鏡越しに『僕』に突き刺さる。

「なあ? おい。歌以外はてんで素人の連中が、なんでアイドルをやってやがる?」

「それは……」

 まさか『魔法で』などと答えられるはずもなかった。

 しかし巽Pは苦笑ひとつで追及を撤回する。

「まあいい。来週の火曜はお前らが見せてくれるんだろ? SHINY。目にモノ見せてくれたら、私が作曲家でも何でも紹介してやるさ」

 SHINYのメンバーは横並びで起立し、巽Pに表明した。

「頑張りますっ!」

「ハッ、その意気だぜ。じゃあな」

 巽Pは『僕』たちから離れ、KNIGHTSの面々に所見を伝える。

「SHINYの歌を聞くまで、お前らの評価は保留だ。火曜は来るんだろ?」

「無論だ。KNIGHTSの勝利は揺るがんと思うが」

 易鳥は巽Pに軽く頭を下げると、メンバーとともに『僕』のほうへ近づいてきた。

「驚いたか? シャイP。これが我がKNIGHTSのステージだ」

 魔法使いの美玖が白目を剥きそうになる。

「ズルいとか反則って考えはまったくないのね……」

「サッカーはキーパーをノックダウンさせれば勝ちって言っちゃうタイプだから」

「ん? キーパーさえ倒せば、何点でも入れ放題じゃないか」

 易鳥の後ろで、郁乃と依織は『ごめん、パス』と手を横に振った。

 KNIGHTSの仕込みに勘付いたらしい恋姫が、ストレートに苦言を呈する。

「魔法を使ったんでしょう? あなた。メチャクチャだわ」

「リオナも引いたってゆーか……アリなの? それ」

 里緒奈に続き、菜々留も。

「ナナルたちもPくんの魔法にはお世話になってるから、あまり偉そうなことは言えないけど……どうかしらねえ? 美香留ちゃん」

「ミカルちゃんはナシだと思うなー。いくらなんでもズルすぎない?」

 美香留まで歯に衣着せずにKNIGHTSを批判する。

 にもかかわらず、易鳥はきょとんとするだけ。

「何を言ってるんだ? 魔法使いなんだから魔法を使うのは、当たり前だろう」

 ぬいぐるみの『僕』は早々と説得を諦めた。

「そうだね。価値観が違いすぎて、会話が噛み合わないよネ……」

「頭が痛くなってきたわ、ミク……」

 妹の美玖と同じく、里緒奈や恋姫も眉根を寄せる。

 易鳥の後ろから依織が提案した。

「とにかく決着は火曜日ってことで。どう?」

「そっちの言いたいことは、イクノちゃんもわかるんデスけどね? ほんと」

「だったら、あなたたちが止めなさいよ。この天音騎士様を」

 易鳥の所業には、依織と郁乃も半ば諦めているようで。

「ハア……」

 SHINYのメンバーも含め、易鳥以外の全員が溜息をひとつにした。

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