第257話
「マギシュヴェルトじゃ男子は魔法を使っちゃだめって、知ってるっしょ? でもおにぃは特待生ってゆーか……魔法学校に入学を認められて。ねっ? おにぃ」
「うん。こっちで修行を始めるためにも、ってさ。だから学年には、学校のほうも拘らなかったんじゃないかなあ」
「――ちょっと待って? お兄様」
そんな『僕』の言を制し、悩ましげに額を押さえる里緒奈。
「魔法を学ぶのは女子だけ……よね? じゃあ魔法学校は、女子校ってこと?」
「そうなんだよ……だから肩身が狭くって、もうっぷげぎゃ!」
不意に『僕』の身体がくの字に曲がり、真横へ飛ぶ。
恋姫の拳が煙を燻らせた。
「女子校育ちって何ですか! ト、トイレとかどうしてたんですかっ?」
「肩身が狭いってことは、男の子の姿で通ってたのよねえ」
菜々留も顔の上半分に黒い笑みを浮かべる。
「ちょっ、誤解だってば! 人間の僕なんてモブだよ? みんなが想像してるよーなことはなかったからね?」
ふと美香留が間を置き、瞳を上のほうへ転がした。
「あ……じゃあ、おにぃ、魔法学校では変身解いてたんだ? だからミカルちゃん、学校にお忍びで入っても、おにぃに会えなかったのかも?」
こちらの妹は魔法の素養がないので、魔法学校に立ち入る理由もない。そのため、魔法学校での『僕』が人間の姿でいることを知らなかったわけだ。
実妹の美玖が溜息をつく。
「でも兄さん、易鳥がどうあれ、変身して通うことはできたんじゃないの? 男性が魔法を学ぶなら、そのほうがスタンスとしては正しいもの」
「うーん……まあ、それも考えたんだけどさ」
ぬいぐるみの『僕』はオデコに手を当て(ぎりぎり届いた)、勝ち誇った。
「……ほら、この姿だと勇者に似てて、女の子にモテまくっちゃうでしょ? 女子校で騒ぎを起こすこともないと思って、自重したんだよねー。うんうん」
「……………」
『僕』を囲む全員が白目を剥く。
「だ……だからなるべく目立たないように、お兄さん、変身を解いて……?」
「あのモブ顔なら、女の子に追っかけられることもないからサ」
「ぬいぐるみだと大人気、みたいな言いまわしねえ」
恋姫も、菜々留も、何を疑問に抱いているのだろうか。
里緒奈が冷たい視線で『僕』を見下ろす。
「参考までに聞かせて? お兄様。バレンタインのチョコレートは何個もらったの?」
「ええと……義理チョコなら14個……」
「お、おにぃ? 魔法学校を狩場にしてたわけっ?」
美香留まで怒り心頭に加わり、小さな『僕』を四面楚歌に追い込んだ。
「判決は恋姫ちゃんに任せるわ」
「死刑」
「ま、待って……なんで? 助けて美玖っ、ア~~~ッ!」
「もうじき生放送が始まる現場で、バカ騒ぎしないで。プロデューサー」
一体『僕』が何をしたっていうんだ……。
現場のスタッフに挨拶を済ませたら、隅っこの席で一息つく。
「あれ? おにぃ、ミカルちゃんのお膝に座らないの?」
「こういう場所だと、僕も普通の椅子を使わないといけないんだ」
美香留はぬいぐるみの『僕』を膝に乗せたがるも、認識阻害の関係上、避けることに。女子高生の膝の上に青年が座っているように見えては、さすがにアウトだろう。
「そういう不自然さが、認識阻害を瓦解させることもあるんだ。S女で易鳥ちゃんの認識阻害が中途半端だったのも、そのせいでさ」
「へえー。やっぱり魔法に詳しいなあ、おにぃは」
すでにKNIGHTSの面々は衣装に着替え、段取りの最終確認に入っていた。易鳥が一度『僕』に視線を投げてきただけで、仕事に集中している。
羨ましそうに恋姫が呟いた。
「少し悔しいけど、レンキたちに出番はないものね」
「でもリオナたちだって、いつか絶対に出るわよ! ミュージック・プラネット!」
里緒奈がメンバーに微笑みかけ、菜々留は『僕』に質問する。
「Pくんとしてはどうなの? SHINYは出演できるのかしら?」
「う~ん……課題は多いってところかな」
プロデューサーの『僕』ははぐらかさず、正直に答えた。
デビューから一年を数え、里緒奈たちも着々と成長している。根拠のない高望みはしない一方で、現実的な目標は見据えておきたいのだろう。
「ミュージック・プラネットは第一に音楽性が要求されるからね。SHINYは確かにアイドルとして通用するようになってきたけど、ミュージシャンとしてはまだまだ」
「レンキもそう思います。SHINYの曲はパフォーマンスありきで……」
「面白ぇ話をしてるじゃねえか」
そこへ先日の音楽プロデューサー、VCプロの巽Pが歩み寄ってきた。スクエアの眼鏡のせいか、視線のひとつにも鋭い印象がある。
「巽Pもこちらへ? VCプロのタレントが出演するんですか?」
「いいや。今夜はKNIGHTSのご招待を受けちまってなァ。まあ、この番組とは付き合いが長ぇんで、たまにこうやって見学させてもらうんだが」
巽Pは『僕』の隣の席で腰を降ろすと、準備中の舞台を見遣った。
「あちらのリーダーさん、よほどお前が気になるらしいぜ? プロデューサー。まさか昔は交際してたなんて言わねえだろうなあ? おい」
「そこまで命知らずじゃありませんよ。僕」
「……エッ?」
何気ない会話にもかかわらず、里緒奈たちがぎょっとする。
(命知らずって、Pクンの代名詞じゃなかったの?)
(『命の価値を知らない』ってことなら、Pくんに該当するんじゃないかしら)
(おにぃは勇者だよ? 勇者様。怖いもの知らずなのっ)
(とりあえず『バカ』なことは確かよ。兄さんは)
(どうお仕置きしたら懲りてくれるんですか? お・に・い・さ・ん!)
またこれだ。強引な流れで『僕』がロックオンされる。
「苦労してんだな。お前も」
「僕だけ男子なもので、基本的にアウェイで……アハハ……」
巽Pは苦笑を交えつつ、『僕』を挑発。
「まっ、一緒にKNIGHTSのお手並み拝見と行こうじゃねえか。これでSHINYとどっちが、なんて話にはしねぇつもりだが……」
「……そうですね」
このひとが状況を楽しんでいるらしいことは、直感できた。
VCプロの巽雲雀にとってみれば、SHINYにせよ、KNIGHTSにせよ、マーベラス芸能プロダクションとの関係の構築に繋がる。
だからといって、必ずどちらかを選ぶ保証もなかった。
SHINYもKNIGHTSも期待外れなら、容赦なしに見限るだろう。たとえCDの売り上げでランキングしていようと、彼女の判断には何ら影響しない。
面白いかどうか、だ。
(そう思わせるんだ。このひとに……!)
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