第256話

 そんなこんなで週末を迎え、土曜も日曜もSHINYはアイドル活動で大忙し。

 ややハードなスケジュールになってしまったものの、来週の火曜にはSPIRALと一緒に温泉旅館で一泊だ。メンバーもこの山場を乗り越えようと頑張ってくれる。

(休暇はしっかり確保しないとなあ……仕事中の集中力が違ってくるし。桃香ちゃんには無理させて、大変なことにもなったからなあ)

 実のところ、『僕』はアイドルの体調管理において失敗も経験していた。

 疲労は魔法で軽減できるからと、無茶なスケジュールを立ててしまったのだ。しかし頑張り屋の桃香は弱音も吐かず、ひたむきに仕事を続け――。

 『僕』を頭に乗せながら、美香留がきょとんとする。

「おにぃ? さっきから黙って、どーしたのぉ?」

「ちょっと桃香ちゃんのことで思い出してさ。僕が無理させて、体調を崩して……」

 傍らの菜々留が『そうね』と呟いた。

「あの時はPくんも相当参ってたものねえ。僕のせいだ、って」

「あ~。だからリオナたちも、桃香さんには少し遠慮しちゃうってゆーの?」

 里緒奈と恋姫も顔を見合わせて、頷きを交わす。

「受験勉強で忙しいでしょうけど、たまにはP君が息抜きに誘ってあげてください。だからって一緒にお風呂に入る必要はありませんが」

「うんうん。お風呂は一緒に入らなくてもいーわよね。絶対、強敵になるし……」

「お風呂は……ねえ? ナナルもそれだけは認められないわ」

 桃香とふたりで暮らしていた頃は、よく一緒に入っていたけどね……。

 妹の美玖がやれやれとかぶりを振る。

「そんなに心配しなくても、桃香さんは兄さんが人間の男の子だって知らないのよ? まあ、ミクたちだけで温泉に行くのは、なんだか悪い気もするけど」

「ねえねえっ、モモカさんって誰? ミカルちゃん、会ったことないー」

「今度紹介するよ。同じS女の三年生で……」

 ふと恋姫が、思い出したようにメンバーを一瞥した。

「そうだわ! 来週の温泉の件、誰かキュートに話した?」

 里緒奈は頭の後ろをぽりぽり。

「あっちゃ~。昨日会った時に言うの、リオナも忘れちゃってたわ」

「美玖ちゃんが伝えてくれるんじゃなかったっけ?」

 美香留にそう確認を取られ、美玖(キュート)はぎこちなく視線を泳がせる。

「え、ええと……それは」

 妹は今、かなりテンパっているはずだった。

 品行方正、頭脳明晰な妹も、どうやら『僕』と同じくらいアホだということが、最近の言動から判明している。

 美玖はアイマスクひとつで全部誤魔化せると思っているのだ。マジで。

 仮にキュートの正体がメンバーにバレたところで、美玖が恥ずかしい思いをするだけ。しかし兄として、『僕』は妹をフォローしてやりたかった。

「みんなには言っておいたほうがよさそうだね」

「Pクン? キュートのこと?」

 あえて『僕』は本人に代わり、嘘をでっちあげる。

「みんなも予想してる通り、キュートはマギシュヴェルトの魔法使いなんだけど……人前に出ていられる時間に制限があるんだ」

「ち、ちょっと? 兄さん……」

 美玖が絶句する一方で、ほかのメンバーは瞳をぱちくり。

「ふーん。だからキュート、いつもお部屋に閉じこもってるんだ?」

「時間制限って、どれくらいなんですか?」

「月齢の影響を受けるから(嘘)、一概には言えないんだよ。だから、みんなで泊りがけの旅行は難しいっていうか……うん」

 里緒奈や恋姫は半信半疑でいる中、菜々留が承諾した。

「キュートちゃんは正体を隠してることだし、ナナルたちには話せない事情があるのよ、きっと。旅行の件は伝えても、無理強いはしない……これでどうかしら?」

「うん。旅行中でもキュートはひょっこり現れるかもしれないし……そんな感じで」

 『僕』は内心で安堵しつつ、妹に声を掛ける。

「美玖もキュートのことはそこまで意識しなくていいからさ」

「え、ええ……」

 不思議そうに妹はぬいぐるみの『僕』を見詰めていた。

(まあ多分、これで誤魔化せる……かな?)

 ぶっちゃけ里緒奈にしろ美香留にしろ、冷静に考えれば、キュートの正体には見当がつくだろう。マーベラス芸能プロダクションのスタッフにしても同じことだ。

 ただ、キュートには『アイマスクで正体を隠している』という強烈なキャラクター性がある。皆がそれを尊重してくれるおかげで、正体暴きに至っていない。

「さて……そろそろか」

 やがてシャイニー号は都内某所のスタジオへ到着した。

 本日は午後8時よりミュージック・プラネットの生放送にて、KNIGHTSがサプライズ出演。『僕』たちはその応援と敵情視察を兼ねて、ここにいる。

 またも美玖の溜息が重くなった。

「はあ……」

「どうしたのよ? 美玖ちゃん。Pクンと一緒なのがイヤなの?」

「里緒奈ちゃん? 僕のガラスハートを傷つけないで?」

 素敵な妖精さんには目もくれず、美玖が正直に打ち明ける。

「苦手なのよ、易鳥って……。ミクと同い年なのに、昔から兄さんの同級生気取りで……マギシュヴェルトの魔法学校では実際、兄さんと同じクラスだったし」

「お兄さんが? あ、留年……」

「そこで納得しないでよ、恋姫ちゃん! 違うってば!」

 口ごもる美玖に代わって、美香留がざっくばらんに説明を続けた。

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