第252話

 それでも女騎士は立ちあがり、ライバルたる『僕』を睨みつけた。

「イ、イスカは遊びにきたわけではないぞ。シャイP、今度の日曜は空いてるな?」

「SHINYはお仕事だけど……」

「夜の八時から! いけるな? いけるだろっ?」

 日曜のスケジュールも埋まっているものの、午後の八時なら都合はつきそうだ。

 それ以前に法律で、十八歳未満は22時以降の労働を禁じられている。マーベラス芸能プロダクションのコンプライアンスもあり、基本的に夜はオフ。

 里緒奈がやれやれと質問を返す。

「その日に何だっていうわけ? 易鳥ちゃん」

「なんだか昨日の今日で馴れ馴れしくないか? そっちの」

「話の腰を折らないで。で? 日曜に何なのよ」

 易鳥は大きく息を吸うと、『僕』に人差し指を突きつけた。

「KNIGHTSがミュージック・プラネットに出演するのだ。……で、特別にお前たちを招待してやろうと思ってな」

 『僕』たちは一様に絶句する。

「……………」

「どうした? 席ならお前たちの分も用意してある。安心しろ」

「いや、そういうことじゃなくて……ほんとにミュージック・プラネットに?」

 水泳部の部員たちが俄かに騒ぎ始めた。

「えっ? 今度のライブ枠って、KNIGHTSだったの?」

「すごい、すごい! KNIGHTSもいよいよ殿堂入りって感じ!」

 易鳥をフォローするべき立場の依織が、溜息を漏らす。

「まったく……易鳥? サプライズなんだから、言っちゃだめなやつだよ。それ」

「……あ」

(このあたりのうっかりスキルは変わってないなあ……)

 つまり易鳥は今、生放送の内容をネタばらししてしまった、と。

 それはさておき、SHINYのメンバーは驚きを隠せない。易鳥たちをまじまじと見詰めながら、最初に口を開いたのは美玖だ。

「アイドルがミュージック・プラネットに出演するなんて、大した快挙ね」

 尊敬か、もしくは畏怖か。恋姫も相槌を打つ。

「アーティストとして認められた、ということだもの。デビューから半年余りで……」

 ただ、美香留だけはきょとんとしていた。

「そんなにすごいの? おにぃ」

「うん。もしかしたら、アイドルフェスティバルに出るより難しいかも」

 ミュージック・プラネットは毎週日曜に放送される、人気の歌謡番組だ。

 メジャー/インディーズを問わず、実力派の歌手やバンドグループをピックアップし、その魅力を余すことなく伝えてくれる。

「チャートなんかのランキングは度外視して、将来有望なアーティストを『発掘』するんだよ。その番組がきっかけで、一気に有名になった歌手もいるんだ」

「ふんふん。それで?」

「だから――」

 駆け出し同然の美香留のため、あとは菜々留が説明を続けた。

「だから、アイドルが出場するのは稀なのよ。ほら、アイドルは音楽を専門にやってるわけじゃないでしょう? 観音玲美子レベルのひとは別にしても」

 敗北を認めるように里緒奈が肩を竦める。

「そりゃあ観音さんは歌唱力が段違いだもん。ミュージック・プラネットにだって、もう何回も出演してるくらいだし?」

「ふぅん……じゃあ、KNIGHTSもすごいんだ?」

「まあ、KNIGHTSの場合は……」

 と言いかけて、『僕』は口を噤む。

 易鳥はサメを脇に抱えたまま、スクール水着の格好で踏ん反り返った。

「イスカたちのKNIGHTSはまだまだ伸びるぞ? SHINYとKNIGHTSのどちらが『たつみうんじゃく』のプロデュースに相応しいか、証明してやるとも」

 『僕』と郁乃の声が重なる。

「「あちゃあ~」」

「……ん? なんだ? 郁乃まで」

「帰ったら漢字のお勉強デスよ。易鳥ちゃん」

「あえて教えずに、余所で恥をかかせるほうが面白いと思うけど……」

 そのうち郁乃か依織が易鳥に教えてあげる……よね? 多分。

「そんなわけだ。日曜を楽しみにしていろ」

「台詞と格好が果てしなく合ってないけど、それでいいわけ?」

「しっ! 里緒奈、それ以上は突っ込まないで」

 易鳥はすっかり自信満々、鼻高々だった。

 しかし、その背面をS女の警備員たちが取り囲む。

「ちょっと、あなた? どこから入ったの?」

「……は? いや、イスカはれっきとしたここの生徒で……」

「うちにあなたのような生徒はいません」

 先ほど美玖によって認識阻害を消去されたことを、易鳥は忘れているようで。

「ま、待ってくれ! これからプールでひと泳ぎ……」

「話はあとで聞くから。こっちに来なさい」

「あんな浮き輪まで持ち込んで……度胸だけは認めてあげるわ。度胸だけは」

 相棒のサメを残し、侵入者はYの字で引きずられていく。

「おにぃ。易鳥ちゃんは結局、何しに来たの?」

「さあ……」

 これは面倒なことになる――そんな予感がしてならなかった。

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