第251話
また背泳ぎだと、水面から飛び出す巨乳がデッドウェイトとなる。
「僕が人間の手で、おっぱいを支えるのが一番安定するんだろーけど……う~ん」
「里緒奈、そこのロープと重石持ってきて。兄さんを沈めるわ」
「やっぱりそのために用意してたのね。これ」
また妹に殺されそうになったものの、練習に熱が入ってきた。
「郁乃ちゃんと依織ちゃんにも教えてあげよっか?」
「面白そうデス! イクノちゃんは平泳ぎで!」
「じゃあイオリは……あにくん、バタフライはどうやるの?」
「あなたたち、抵抗はないの? 相手は一緒にプリメを撮った相手なのよ?」
郁乃と依織も水の中で脚を開き、ぬいぐるみの『僕』を挟み込む。
ムチムチが……スベスベで……っ!
その数分後……『僕』はプールの角で重石とシーソーゲームを強いられていた。頑張って顔を上げないと、水の中へ引きずり込まれるアレだ。
「がぼっ! がぼがぼ!」
「女子高生が泳いだプールの水ですよ? P君、好きなんでしょう?」
こんな拷問を考案したのは、美玖と恋姫のどっちだろうね。ほんと怖いね。
しばらくして、マイエンジェル美香留が助けてくれる。
「おにぃ、大丈夫?」
「し、死ぬかと……。ところで」
誰も突っ込まないので、そろそろ『僕』が言及するほかなかった。
プールサイドの隅っこで水泳部の活動を窺っている、不審者がひとり。ただ見るからに同世代の女子なので、皆も様子を見ていたのだろう。
脇には大きなサメの遊具を抱えている。
「……何やってんの? 易鳥ちゃん」
「なっ?」
彼女――易鳥は『僕』の指摘に目を剥くほど驚き、サメを落とした。
「い、いつから気付いてたんだ? イスカがいることに……」
「最初からずっと」
まあ聖騎士(パラディン)だから。仲間のために盾を構えるのが仕事で、アサシンのような隠密行動は得意じゃないから。
美香留も平然と付け加える。
「だって、そのサメさんが食み出してたしー」
「なん……だと……?」
易鳥はくずおれ、プールサイドに両手をついた。そこまで愕然としなくても……。
スクール水着はちゃっかりS女の水泳部のものだ。
「その水着はどうしたの? えーと、易鳥……さん?」
「易鳥のことは呼び捨てでいいのよ。恋姫」
「こ、これは……おばさんが『役に立つから持って行きなさい』と」
おばさんというのは『僕』の母親のこと。
(ひょっとしたら今までの全部、母さんの仕業じゃないのか?)
黒幕の存在に怯えつつ、『僕』はひとまず易鳥を迎える。
「なんでここに易鳥ちゃんがいるのさ? お仕事は?」
「き、今日はオフだ。……なので? お前たちの戦力を分析してやろうと来たんだが……この季節にプールで遊んでるとは、その、思わなかったし?」
「思わなかったのに、水着は持参なわけ?」
易鳥はしどろもどろになるも、根性で言い切った。
「依織と郁乃もいるじゃないか! ずるいぞ? イスカだけ除け者にしてっ!」
どうしよう……何を言ってるのか、さっぱりわからないぞ?
何しろ水泳部のスクール水着を着て、サメの遊具まで持っているのだから。
最初から『プールで遊べる』と知ったうえでの装備だよね? これ。
「……………」
『僕』が無言のままに目配せすると、里緒奈や恋姫が顔を背ける。
易鳥と同じKNIGHTSであるはずの郁乃や依織も、諦めの境地に達していた。
「易鳥ちゃんが入りづらかったのは、イクノちゃんもわかるけど……」
「攻略が面倒くさいツンデレだね。あにくん、あとはお願い」
お願いされても困りますって。
そんな白けつつあるムードの中、『僕』はあることに気付く。
水泳部の部員たちは、乱入者がKNIGHTSの易鳥だということを認識していないのだ。おそらく易鳥による認識阻害が働いている。
「あ……あれ? あの子、どっかで見覚えあるような……」
「思い出せそうで思い出せない……?」
その魔法の構成が荒いせいで、部員は混乱をきたし始めていた。すぐ傍に郁乃と依織がいるため、無意識のうちにKNIGHTSと結びつけようとしているのだろう。
「解除を頼むよ、美玖」
「そのほうが安全でしょうね」
美玖のディスペル(魔法消去)が易鳥に魔法陣をセット。
次の瞬間、易鳥の認識阻害は消滅する。
「……あっ! KNIGHTSの易鳥ちゃんよ、易鳥ちゃん!」
「なんでうちのスクール水着着てるの? もしかして易鳥ちゃんも転入希望?」
あれよあれよと易鳥はサメとともに囲まれ、動けなくなった。
「は、計ったな? お前!」
「認識阻害がみんなに負荷を掛けてたから、美玖に解除してもらったんだってば」
なおサイレスやディスペルが使えるのは美玖だけ。どちらも『魔法使いを無力化する』強力なものなので、男子の『僕』に習得する資格はない。
「兄さんの魔法を封じたら、思いきり殴れなくなるのがネックなのよね」
「あ、あのぉ、美玖さん……? ぬいぐるみでも痛いものは痛いんですが……」
あれか。『僕』にはベホマがあるからって、やりたい放題なのか。
「原因はいつもPくんにあるのよ? そこは憶えておいてね?」
その間にも、部員たちは和気藹々と易鳥をシャワーのほうへ運んでいった。
「ほらほら! プールで泳ぐなら、先にシャワー!」
「お、押すな! ……あっ、そのサメはイスカのだぞっ?」
しばらくして、ずぶ濡れの易鳥が戻ってくる。相棒のサメと一緒に。
「うぅ……お前たち、強引すぎるんじゃないか?」
「Pクン並みのブーメラン発言ね」
そのサメも美香留と郁乃に奪われてしまった。
「これ、ミカルちゃんに貸して! いいっしょ? オッケー!」
「独り占めはだめデスよ、美香留ちゃん! イクノちゃんも乗りたいデス!」
再び易鳥は四つん這いになって愕然とする。
「こ、こんなつもりじゃ……」
「だったら、どんなつもりだったのよ? あなた」
恋姫が同情し掛けるくらいだから、相当な悲壮感だ。
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