第249話
郁乃が大きな筐体の前で足を止めた。
「にぃにぃ! イクノちゃん、コレやりたいデス!」
ハメハメパニック。穴からランダムで飛び出す敵キャラを、ピコピコハンマーで叩きまくる、定番のアクションゲームだ。
たまに名前の由来を疑う不届き者がいるらしいが、『僕』には何のことだかサッパリわからないなあ。妹か恋姫に聞いたら、シバかれる気はする。
美香留ちゃんの前例もあるので、敵キャラには防御力アップの魔法を掛けておく。
なんたって騎士団だからね。郁乃と依織も攻撃力は高いからね。
「出てきたのを、コレで叩くんデス? にぃにぃ」
「うん。ああ、お金は気にしないで」
郁乃は玩具のハンマーを構えつつ、穴だらけのバトルフィールドを見据えた。
陽気なBGMとともに敵キャラが穴を出たり入ったりする。
「えい! えいっ!」
郁乃の攻撃は三回に一回が当たる程度。意外にゲームのスピードが速いうえ、敵の出現パターンにも振りまわされる。
(こうやってると普通の女の子だよなあ……)
観戦する依織も、退屈はしていない様子だった。
「郁乃、狙いは絞ったほうがいい」
「エッ? ちょっと今、忙しくって~!」
郁乃のスコアは結局、ハイスコアの半分にも届かず。
「これ、イクノちゃんが思ってたより難しいデス。うぅ~ん……」
「初めてでいきなりハメハメは、ね」
女子高生を相手に今の台詞は、何やらマズい気がした。
「今度は依織ちゃんがハメハメする番だぞ」
「ん」
郁乃に代わり、お次は依織がハメハメパニックの最前線に立つ。
かくしてゲームスタート。郁乃の行き当たりばったりなプレイとは一転し、依織のプレイはしっかりと作戦に則っていた。
狙いを全体の右半分に絞り、左の敵キャラには一切手を出さない。
おかげで、深追いによるタイムロスも少なく済む。
「……終了。イオリの勝ちだね」
「も、もう一回! イクノちゃん、今度は本気出すデス!」
その後もゲームは白熱し、『僕』たちは大いに盛りあがった。
大人気のアイドルがゲームセンターで大はしゃぎ。しかし『僕』は、彼女たちがマギシュヴェルトの騎士団の一員であることも知っている。
あの易鳥が率いる、次代の騎士団。
魔法と同様、戦うための力を男性が有することは、マギシュヴェルトにおいて禁じられていた。だからこそ、易鳥たちのような女性騎士が成り立つ。
特に易鳥に至っては、マギシュヴェルトでも一子相伝の天音騎士――。
(道理で……アイドルで通用するわけだ)
そんな同郷の彼女たちがアイドルとして人気を博していることが、少し嬉しかった。新曲を巡って競合している件を、つい忘れそうになる。
その衝突にしても、おそらく易鳥の個人的な感情によるもの。郁乃と依織は巻き込まれただけ――というのが『僕』の推測だった。
(ここでKNIGHTSの動向に探りを入れるのもなあ)
気持ちを切り替え、『僕』も休み時間のつもりでゲームセンターを楽しむ。
「依織ちゃん、本当にレースゲームは初めて?」
「うん。このヌキヌキレースっていうの、なかなか面白いね」
追い抜くって意味だから。さっきのハメハメと合わせてイメージしちゃだめだぞ。
プリントメートの前を通りかかって、ようやく本来の目的を思い出す。
「……おっと。僕たち、プリメを撮りに来たんだっけ?」
「やるデス、やるデス! フレームはイクノちゃんに選ばせてください」
「なら、落書きはイオリが」
三人で筐体へ入ると、少し狭かった。
スペースの都合で互いに密着することになり、ふたりの髪が『僕』の鼻先をくすぐる。
「依織ちゃんの髪、いい香りだね。シャンプーとか拘ってるの?」
左の依織が俄かに頬を染めた。
「易鳥があれで結構、汗とか気にするから……」
「知ってるよ。意外に女の子らしいとこあるよね、易鳥ちゃん」
「にぃにぃ、フォローになってないデスよ? それ」
郁乃も右から距離を詰め、中央の『僕』に巨乳でプレッシャーを掛けてくる。
(今だけ! 今だけだ……落ち着け? 僕)
ゲームセンターが空いているおかげで、たっぷりと時間を掛けることができた。郁乃が一回では満足できず、二回目はツーショットを要求される。
「なんか変な感じデス。にぃにぃがほんとのお兄ちゃんみたいで……えへへっ」
「こうやってると、兄妹っぽいよね」
郁乃は『僕』の首にぶらさがるように腕をまわし、フラッシュを浴びた。
そこへ依織が、引き剥がすついでに割り込んでくる。
「ちょっ、依織ちゃん?」
「あにくん、次はイオリとツーショット撮ろう。郁乃だけっていうのは……不自然」
「もちろん。じゃあ僕と依織ちゃんで可愛いやつ、撮ろうか」
依織の表情はポーカーフェイスで読めないものの、ピースを決めるくらいには高揚しているようだ。ちゃっかりツーショットを済ませて、郁乃と見せあいっこする。
「にぃにぃの浮気者……ほんの数分のうちにほかの女の子と、デスか?」
「郁乃ちゃんもずっと見てたでしょ」
「郁乃のはくっつきすぎだね。出るとこ出たら、イオリが勝つよ」
部屋に貼ってある五枚のプリメが、脳裏をよぎった。
(ま、まあ……ゲームセンターで少し遊んだだけだし? このあとお風呂でニャンニャンするわけでもないし……?)
こういう時こそリスクマネジメントだ。
プロデューサーとしての経験が、『僕』に冷静な判断をさせる。
「そのプリメ、SHINYのSNSに載せていいかな」
先手を打て、と。
「イクノちゃんはオッケーデスよ。にぃにぃ、存分に自慢しちゃってください」
「イオリも異議なし。あにくん、SHINYのメンバーとも撮ってる……よね?」
郁乃と依織の了解も得られたので、SNSにアップしておく。
だが……この時の『僕』はあまりにも迂闊だった。
郁乃&にぃにぃ『にぃにぃとハメハメしちゃった記念デ~ス♪』
依織&あにくん『あにくんとヌキヌキ。気持ちよかった』
いやあ落ちた、落ちた。
妹たちの雷がね……。
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