第248話
「ところで……ふたりは僕の元の姿、知ってるよね?」
そう尋ねると、郁乃が腕をバタバタさせた。
「それっ! イクノちゃん、今すぐ見たいデス!」
「郁乃、授業中なんだから静かに。……あにくんの男の子バージョン、あれから成長してるんでしょ?」
ポーカーフェイスの依織も言葉に抑揚をつけ、興味を示す。
マギシュヴェルトで『僕』は、人間の姿で魔法の専門学校に通っていた。幼馴染みの易鳥が『私の傍では男子でいろ』とうるさかったもので。
郁乃と依織も同じ学校に通っていたため、『僕』の本来の姿を知っている。
(魔法学校って女の子しかいないから、男子の格好じゃ居心地が悪かったんだよなあ)
その郁乃がぬいぐるみの『僕』を見詰め、瞳を輝かせた。
「お願いデス! にぃにぃ。男の子になっちゃってください」
依織も淡白なりに口を揃える。
「あにくんの顔面偏差値は確認しておく必要がある」
「今の僕から三十は下がるよ? それ」
変身を解けば、美形の勇者から平々凡々な男子に戻ってしまうため、あまり気乗りはしなかった。しかし下手に断って、授業中のS女で騒ぎを起こされても困る。
当然ここで変身を解こうものなら、先日の乱痴気騒ぎを繰り返す羽目になるだろう。
「じゃあ、どこか隠れられるところで……」
「授業中に女子高生をふたりも連れ込むなんて、あにくんも大胆になったね」
「美玖みたいなこと言わないでってば。ほら、こっち」
『僕』はふたりと一緒に校舎を出て、六月の雨空を仰いだ。
「確か午後には止むって予報でしたよ。にぃにぃ」
「なら部活はできそうだね」
「部活? あにくん、顧問もしてるの?」
魔法で雨をやり過ごしつつ、無人のプールへ忍び込む。
体育教師かつ水泳部の顧問なのだから、更衣室の鍵を開けるのは簡単だ。……何も疚しいことはないよ? 防犯のうえでも『僕』が管理するのが一番じゃないか。
「郁乃ちゃんや依織ちゃんの前で変身の瞬間を披露できなかったことには、理由があるんだ。その……当時は服を同時に出すことができなくってさ」
「ああ、それで……納得した」
この時間はプールの使用もないおかげで、更衣室は完全な密室となる。
「ちょっとあっち向いててくれるかな」
「御意デス」
着替えに失敗した時のため、ふたりには後ろを向いてもらって。
ぬいぐるみの『僕』はTシャツと半ズボンを召喚しつつ、変身を解除した。
「お、おわっ? ……待って、振り向いちゃだめ!」
「え? まだデスか?」
半ズボンを穿くのに失敗し、一瞬だけ露出狂にジョブチェンジしてしまったものの、何とか着替えも素早く済ませることができた。
「ふう……練習の甲斐があったかな。もういいよ? 郁乃ちゃん、依織ちゃん」
ふたりは同時に振り返り、人間となった『僕』と対面を果たす。
郁乃も依織も目を点にした。
「……ど、どちら様デスか……?」
「SHINYのプロデューサーだってば」
「え……手品?」
「魔法だってば。魔法」
二秒、三秒と沈黙が続き……だんだん『僕』は居たたまれなくなる。
「あ、あのぅ……思い出した? この程度だったかって……」
「――っ!」
しかし恐る恐る声を掛けると、彼女たちの顔にみるみる表情が戻ってきた。
郁乃が面白そうに八重歯を光らせる。
「しゃっ、写真! 今からプリメ撮りに行くデス!」
「同意。全面的に支持する」
依織も『僕』の腕を引き、外へ出ていこうとする。
慌てて『僕』はブレーキを踏み込んだ。
「ちょっ、ストップ! ここは女子校なんだって、女子校!」
いくら認識阻害の魔法があるとはいえ、『女子校に男子』ほどの違和感を誤魔化しきるのは難しい。それを理解してくれたのか、郁乃も依織も思い留まる。
「ほら、写真ならケータイで充分……」
「え~? そんなのつまんないデス。イクノちゃんもJKなんデスよぉ?」
「ケータイじゃ、データを消去されたら終わり。証拠にならないから」
「何の証拠にするつもりでっ?」
しかし女子校の更衣室にいては、『僕』のほうが分が悪い。
それこそケータイのカメラで撮影した結果、背景に女子校が映っていようものなら……いつぞやの鬼婦警(装備:ムチ)の尋問で死ぬ。
「わかったよ。ただし、ふたりともアイドルなんだから、僕の指示には従うように」
「はいデス! そうと決まったら、善は急げデスよ? にぃにぃ」
「認識阻害はあにくんに任せたほうがよさそうね」
背筋に冷たいものを感じつつ、『僕』はふたりと一緒に出掛けることになった。
プールからなら地下の隠し通路を通り、安全に寮へ抜けられる。ついでに部屋で身なりを整えて……変身の際に穿けなかったからね、パンツ。
認識阻害の魔法を掛けなおしたら、堂々と街へ繰り出す。
(こんな平日の昼間から女子高生をふたりも連れてたら、職質モノだよなあ……)
魔法のおかげで、誰も『僕』たちに奇異の視線を向けることはなかった。それでも郁乃や依織の美少女っぷりは隠しきれないのか、ちらちらと意識される。
(まあいっか。早くゲーセンに行って、済ませちゃおうっと)
郁乃たちを邪魔者扱いするつもりはないものの、時間に制限もあった。
『僕』はやんわりとふたりを急かす。
「午後からはまた授業なんだ。それまでにね」
「イクノちゃん、御意っ!」
「イオリも了解」
けれどもお目当てのゲームセンターで、郁乃はますますテンションを上げてしまった。つぶらな瞳をきらきらさせて、小学生のように興奮する。
「イクノちゃん、ゲーセンって初めて!」
「え? プリメは撮ったことあるんでしょ?」
「ケイウォルスのクラスメートと、カラオケで三回ほど。見せようか?」
クールな依織も、ゲームセンターならではの臨場感にそわそわしていた。
KNIGHTSもSHINYと同等の人気を誇るだけに、活動で忙しいはずだ。
しかもKNIGHTSの場合は『僕』のサポートがないのだから、最低限の休暇を確保できているかも怪しいところ。
(易鳥ちゃんは根性論で生きてるもんなあ……うん、一時間くらいなら)
『僕』はプリントメートに直行せず、しばらくふたりの好きにさせてあげることに。この時間帯なら客も少なく、貸し切りのように遊べる。
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