第246話

 寮に帰るや、メンバーが『僕』を取り囲む。

「さぁーて……聞かせてもらうわよ? Pクン。幼馴染みってどういうこと?」

 あたかも被告を一方的に糾弾する裁判所のような空気だった。

「あのぉ、今回は僕、弁明するような立場じゃないと思うんだけど……」

「前回や前々回はそういう立場だって自覚が、あったのねえ」

 恋姫の辛辣な視線が『僕』の心胆を寒からしめる。

「可愛いイトコの次は、可愛い幼馴染みですか。そうですか。本っ当に見損ないました」

「なんで? 幼馴染みがいるだけで、なんで僕の評価が下がるの?」

 里緒奈と菜々留もジト目で『僕』をねめつけた。

「だって……ねえ? 菜々留ちゃんもそう思わない?」

「多分ナナルも今、里緒奈ちゃんと同じことを考えてるわ。そうね、挽肉とか……」

「食材! 夕飯の食材だよね?」

 美香留は面白くなさそうに口を尖らせる。

「ミカルちゃんは易鳥ちゃんたちとあんまりお話したことないんだけど……マギシュヴェルトの城下町で一度、すごい大騒ぎになってたよね?」

「兄さんが易鳥のパンツを被ってた、あれね」

 美玖がしれっと暴露するせいで、またも雷が落ちた。

「ほら! やっぱりP君お得意のセクハラ案件じゃないですか!」

「ちちっ、違うってば! あのパンツは偶然、引っ掛かっただけで……!」

 ぬいぐるみの『僕』はテーブルの上で身体を小さくする。だって怖いんだもん。

 里緒奈は嘆息しつつ、人差し指を立てた。

「その件は今度でいいでしょ。それより重要なのは、あの易鳥ちゃんが、お兄様の本当の姿を知ってるかどうかってこと。そこんとこはどうなの? お兄様」

「それなら知ってるよ。易鳥ちゃんは」

 またも美香留がむっとする。

「ミカルちゃんにはず~っと内緒だったのに? なんでぇ?」

「そりゃまあ……昔は寝起きとか、変身が勝手に解けちゃうことがあってさ」

 漫然と天井を眺めながら、『僕』は昔のことを思い出した。


 城に近い、カントリー調の喫茶店。

 その二階に住む『彼』のもとへ、易鳥は今朝も訪れた。

「もう朝だぞ? さっさと起きないか。少しは朝稽古に行く私を……」

 ところが早朝の静寂は、甲高い悲鳴によって突き破られる。

「きゃああああっ!」

「むにゃむにゃ……え? なに?」

 ベッドの中には、丸裸で寝る『彼』の姿が。

「あー、また寝てる間に変身が解けちゃったのか。……ん? おはよう、易鳥ちゃん」

「そんなことより服を着ろ! パ、パンツも穿いてないんだぞ、お前は!」

 世話焼きが乗じて、布団をのけてやったのが失敗。易鳥は真っ赤になり、周囲のものを手あたり次第、素っ裸の幼馴染みに投げつける。

「ここっこの、バカ者~っ!」

「へぶっ?」

 騒がしい朝が来た。


 ――と聞かせるうち、何やら場の空気が重々しくなってしまった。

 妹の美玖が額に手を当て、眉根を寄せる。

「兄さんと時々一緒にいるのは知ってたけど……そこまで重症だったなんて」

「……………きゅう」

 その隣で美香留は口からエクトプラズムを吐き出していた。

 頭を抱え込む恋姫を、菜々留が宥めようとする。

「幼馴染み……騎士……ツンデレ……」

「狙ってないんなら、絶滅危惧種よねえ。あとのふたりも怪しいんじゃないかしら」

 ぬいぐるみの『僕』は首を傾げるばかり。

「あの頃に比べたら、変身も上手になったよなあ~」

「ほ、ほかにないの? おにぃ?」

「美少女ゲームでニューゲームを選んだら、すぐにも始まりそうなシーンよね」

 妹が何気なくサブカル知識を披露したところで、里緒奈が慎重に『僕』に問いかける。

「ねえ、お兄様? お兄様と美玖ちゃんの実家って、喫茶店……なの?」

「そうだよ。割とこっちにもある感じの」

「それで……隣には騎士様のご一家が住んでるわけ?」

「易鳥ちゃんのパパさん、騎士団長だからねー。僕の喫茶店より大きなお屋敷なんだ」

「騎士団長の娘……」

 メンバーは一旦テーブルを離れると、隅っこで小さな輪になった。

「ほんとに自覚ないんじゃない? アレ……」

「大体、お兄たまって表情が読めないのよねえ。困ったわ……」

「美香留はその……知ってるんでしょう? ごにょごにょ」

「……うん。でもおにぃには、まだ秘密にしてろって」

「アイドルに現を抜かしてくれてるほうが、現状はよさそうね……はあ」

 何となく『僕』がディスられているのは、わかる。

 ここはプロデューサーとして、この重たい空気を変えなくては。

「ほっ、ほらほら! ミーティングの途中だぞ? とりあえず、来週の火曜は巽Pもレコーディングに立ち会ってくれることになったんだから」

 メンバーは椅子に座りなおしつつ、テーブルの『僕』を囲む。

「KNIGHTSはどうするの?」

「僕たちのあとで、巽Pに聴いてもらうってさ」

「じゃあ、当日はまた会えるかもしれないのね。ナナルは楽しみよ」

 来週のレコーディングはSHINYにとって大一番となりそうだった。

 誰しも仕事に慣れてきた頃が、緩みがちで危なっかしい。プロ意識が高い巽雲雀との出会いは、SHINYにほどよい緊張感をもたらしつつある。

 恋姫が真剣な面持ちで『僕』に尋ねた。

「P君はあのかた……巽さんのことを、よくご存知なんですか?」

「凄腕の音楽プロデューサーがいる、くらいにはね。実は僕も、コンタクトを取ったのは今日が初めてなんだ」

 その理由を『僕』はメンバーに打ち明ける。

「いつも魔法の占いで、SHINYの活動を決めてるでしょ? 先日、その結果に巽さんの存在が浮かびあがってきて……」

 『僕』の星占いは確実に未来を予言できるわけではなかった。

 それでも巽雲雀という人物に、『僕』は大きな可能性を感じ始めている。

「実際に会って、確信に至ったよ。あのひとはいずれ、とんでもないアイドルグループを導くことになるって。そんな星のもとに生まれたんだ」

 里緒奈が緊張で声を震わせる。

「そのアイドルグループがSHINYかもしれないってこと?」

「KNIGHTSの可能性もあるのよねえ」

「もしくは、まったく別のグループか……巽さんがプロデュースの指揮を執るなら、VCプロのアイドルになるでしょうし」

 菜々留や恋姫も期待と不安の両方を浮かべていた。

 SHINYの未来をひとりのプロに託す――そこにもどかしさを感じているのだろう。しかも巽雲雀とは、全員が昨日まで面識がなかったわけで。

 美玖も一応期待はしている様子。

「音楽畑のひとだから、そっちの方面で色々アドバイスをもらえそうね」

「お眼鏡に適えばね。まあ大丈夫だとは見てるよ、僕は」

「P君は楽観的すぎます。もう」

 幸いにして、マーベラス芸能プロダクションの許可もあっさりと降りた。

『私の姪っ子がこの春、VCプロへ入社したのだよ。私としてはぜひ、うちに入社して欲しかったんだが……まあ会えたら、よろしく伝えておいてくれ』

 マーベラス芸能プロダクションの社長も、VCプロには思うところがあるらしい。

 とにもかくにも今日の成果は大きかった。

 梅雨の湿気を吹き飛ばす気持ちで、『僕』はメンバーに発破を掛ける。

「さあ、明日は学校だぞー。JKなら勉強もしないとネ!」

「はぁ~い」

「そんな声出さないで? 里緒奈ちゃん。うふふ」

 明日は仕事もないから、放課後は水泳部で――み・な・ぎっ・て・き・た!

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