第245話

 巽Pが肩を竦める。

「お前らの関係は知らねえが、要するにKNIGHTSも私に新曲を融通しろってか。私も随分と評価されちまったもんだなあ、おい」

 対し、易鳥は豪語した。

「今から新曲を発注しても、夏には間に合わない……そ、そうだな? 依織」

「レコーディングは秋以降ね。リリースはさらにあと」

「う、うむ」

 仕切りなおすせいで微妙な空気になるものの、『僕』たちはスルー。

「だが、秋になってもSHINYは果たして健在か……それはわからないだろう?」

 巽Pが今日一番の不敵な笑みを浮かべる。

「そりゃそうだ。夏のアイフェスで、アイドルの番付は相当動くからな。曲が完成する頃には、肝心のアイドルが失速……なんてことも現実にある」

 一瞬、里緒奈たちが息を飲んだ。

 プロデューサーの『僕』もぞっとする。

 実際、アイドル活動の大半は結果が出るまでにタイムラグがあった。

 特に楽曲はその典型だろう。まずは曲を依頼し、それが完成するまでに一手間。

 アイドルもレッスンに時間を掛けなくてはならない。

 もちろんレコーディングが終わっても、生産・供給といった手順を要するわけで。相応の資金と時間を投入し、やっとのことでCDは発売を迎える。

 そのため、CDをリリースする頃には状況が一切合切変わっていた、などというパターンも起こりえた。

 去年の夏がそうだ。SPIRALがアイドルフェスティバルを完全に『制圧』してしまったことで、大多数のアイドルが後退を余儀なくされている。

 そのことを、巽Pは歯に衣着せずに言った。

「私が作曲家を斡旋してやったところで、お前らは秋以降、落ち目になってるかもしれねえんだ。そうなりゃ、せっかくの新曲も見苦しいテコ入れに使われるわけだからな」

 担当アイドルの失速は、少なからずスタッフのモチベーションを低下させる。その空気が現場でマイナスに働くことは、想像に難くなかった。

「誰だって、売れてるアイドルで勝負したい……そういうことですか?」

「大抵はロクなことにならねえがな」

 易鳥が腕組みのポーズで鼻を鳴らす。

「ふふっ、どうだ? 巽雲雀がプロデュースする新曲に、必ずしもSHINYが相応しい……とは限らんのだ」

「でも、それってKNIGHTSにも同じことが言えるんじゃ……」

「だめよ? 恋姫ちゃん。ブーメランを投げ返しちゃ可哀相だわ」

「勝手に戻ってくのがブーメランじゃないの?」

 恋姫や里緒奈のツッコミも切れ味が鋭くなってきた。

 おそらく巽Pはイスカの意図に勘付いている。

 何も易鳥は巽Pに新曲を依頼したいわけではない。ただSHINYに、ひいて言うなら『僕』個人に対抗したいだけのこと。

 にもかかわらず、巽Pは易鳥たちをむしろ受け入れる。

「面白ぇ。だったらSHINYとKNIGHTSで勝負と行こうじゃねえか、なあ?」

 易鳥がガッツポーズで唸った。

「望むところだ!」

 一方、里緒奈や菜々留は辟易として。

「ええ~っ? リオナたちのお話を聞いてくれるんじゃなかったのぉ?」

「やあねえ……Pくんのことだから、水着審査で勝負なんて言い出さないかしら」

 恋姫はそれなりの理解を示し、美香留は意気込む。

「KNIGHTSとの勝負は別にしても、巽さんには一度、レンキたちの歌を聴いてもらうべきよね。あ、もちろん水着は却下で」

「いいじゃん、いいじゃん! ミカルちゃん、そーいうの大好きっ!」

 KNIGHTSの郁乃や依織も拒絶はしなかった。

「イクノちゃんも賛成デスよ。どのみち、易鳥ちゃんはやりたがるに決まってるしー」

「ねえ、おにぃ? あの子、ミカルちゃんとキャラ被ってない?」

「イオリも異論はないよ」

 KNIGHTSにおいてはリーダーの易鳥にこそ決定権があるらしい。

 易鳥が『僕』にびしっと人差し指を向ける。

「首を洗って待っていろ、シャイP! わ……イスカが引導を渡してやる」

「それ、悪役の台詞デスよー? 易鳥ちゃん」

「もう『私』でいいのにね。無理してる感が、こっちも恥ずかしい」

 かくして始まる、SHINYとKNIGHTSの戦い。

 『僕』と美玖は兄妹揃って、

「「ウワァ……」」

 口の端を引き攣らせるしかなかった。

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