第244話

 てっきり余所の商談が紛糾しているものと思い、『僕』たちは首を傾げる。

「おっかないなあ……何もこんなところで揉めなくっても」

「いや、お前が相手らしいぜ? プロデューサー」

「……エッ?」

 ぬいぐるみの『僕』が振り向くと、仁王立ちのアイドルがいた。眉を吊りあげ、唇をへの字に曲げ、まっすぐに『僕』を睨む。

 山中で熊に遭遇したら、こんな気分じゃないかなあ?

「え、えぇと……どちら様で?」

 恐る恐る尋ねると、彼女のこめかみで青筋がブチッと音を立てた。

「他人のふりをするなっ! このマギシュヴェルトの騎士にして、幼馴染みの――」

「うっそ? KNIGHTSよ、KNIGHTS!」

 啖呵のような自己紹介は、里緒奈の驚きで上書きされる。

 恋姫や菜々留は驚きのあまり絶句。

「……………」

 一方で、美香留と美玖は面倒くさそうに溜息をつく。

「はあ~っ。そーいや、未来の騎士団長サマもこっちに来てたんだっけ?」

「なるべく避けてたのに……やっぱり兄さんに絡んでくるのね」

 ぶっちゃけ『僕』も歓迎はできなかった。

 マーベラス芸能プロダクションに所属する新進気鋭のアイドルグループ、その名を『KNIGHTS(ナイツ)』。

 そしてKNIGHTSを率いるのが、目の前の彼女――。

「久しぶりだね、易鳥(いすか)ちゃん。えーと……あー、うん。元気だった?」

「今の今までこっちを避けまくってたやつの台詞かっ!」

 易鳥は怒りを滲ませながらも、改めて自己紹介を切り出した。

「……と、アイドルらしくなかったな。そっちの三人は初めましてか。わた……われわれはナイツ。K・N・I・H・T・Sのナイツだ!」

「Gが抜けてるデスよ? 易鳥ちゃん」

「うぐっ」

 易鳥の後ろからもふたりのメンバーが歩み出てくる。

「ど~も~! KNIGHTSのクラフター担当、イクノちゃんデスっ!」

「アーチャー担当のイオリよ。よろしく……ふ」

 向かって右の、お調子者っぽい女の子が郁乃で。

 左の少し影のある女の子が依織。

 KNIGHTSはパラディン(聖騎士)の易鳥、クラフター(発明家)の郁乃、アーチャー(弓使い)の依織によって構成される、トリオのアイドルグループだ。

 パラディンにしろアーチャーにしろ、ファンの皆はいわゆる『キャラ付け』と思っているに違いない。

 しかし易鳥たちは『僕』と同じマギシュヴェルト出身であり、パラディンもクラフターもアーチャーも本物の職業だったりする。

(それがどうして、こっちでアイドル活動なんて……)

 ぬいぐるみの『僕』は内心呆れつつも、易鳥と相対した。

「KNIGHTSのことは聞いてるよ、易鳥ちゃん。大活躍なんだってね」

 易鳥は鳥肌でも立ったかのように我が身をかき抱く。

「ななっ、何が『易鳥ちゃん』だ! 昔は呼び捨てだっただろう?」

「アイドルはー、そう呼ぶことにー、してるんだー」

「兄さんならではの嫌がらせね」

 何しろ『僕』と易鳥は家が隣同士の幼馴染み。一応『僕』のほうが年上とはいえ、その関係は兄妹に近いかもしれない。

「易鳥ちゃんだって、昔は僕のこと――」

「それ以上言ったら斬るぞ!」

 易鳥は赤面するとともに鞘から剣を引き抜こうとした。

 認識阻害の魔法を掛けてあるのか、帯剣についてはお咎めなし。

「それ、銃刀法違反……」

「あとにしろ、依織。こいつの性根はわた……イスカがたたっ斬ってやらねば」

 今度はこちらの美香留が鳥肌に震える。

「ちょっとぉ? やめてよ、易鳥ちゃん! 自分のことは『私』っしょ?」

「似合ってないわよ、それ。無理にキャラ作らなくっても……」

 妹の美玖も援護に加わった。

 易鳥はますます顔を赤らめ、しどろもどろになる。

「こ、これは……お前たちだって、狙ってやってるじゃないか! シャイPの指示だってことはわかってるんだぞ?」

「でもナナルたちは無理してるわけじゃないもの。ねえ?」

「内輪揉めは余所でやってくんねえか」

 すっかり蚊帳の外となっていた巽Pが、大袈裟な溜息を置いた。

「SHINYの次はKNIGHTSがお出ましとはな。どうやらKNIGHTSとしちゃあ、SHINYのやることに異議があるようだが……」

 易鳥は剣を収め、騎士然と胸を張る。

「その通りだ、巽プロデューサー。われわれKNIGHTSも新曲の件で、ぜひともあなたに相談したいと思っている」

 それを郁乃が簡潔に要約すると、

「つまり易鳥ちゃんはぁ、SHINYのチャンスを横取りしたいわけデス」

「言い方! ほかに言い方があるだろう? 郁乃っ!」

「易鳥の傍若無人な物言いも問題ある」

 KNIGHTSのメンバーも個性がデコボコしてるんだなあ……。

 『僕』はテレパシーで里緒奈たちに説明しておく。

(そのうち仕掛けてくるとは思ってたんだ。でもまさか、こっちのプロデュースをこんなにも堂々と妨害してくるなんて……)

 しかし里緒奈、菜々留、恋姫の視線は冷たい。

(ふぅーん? 幼馴染み、ねえ)

(美香留ちゃんだけじゃなかったのね。あと何人くらいいるの?)

(また巨乳じゃないですか! 三人とも!)

(いやいやいや! 依織ちゃんはDカップだから、巨乳ってほどじゃ……ん?)

(判断基準がおかしいことに気付きなさいったら。変態)

 あれ? 妹の美玖まで辛辣になったぞ?

 『僕』の味方は美香留だけ。

(おにぃのおっぱいコレクションは今に始まったことじゃないしぃ? それより大丈夫なの? おにぃ。KNIGHTSと衝突なんてことになったら……あ)

(どうしたの? 美香留ちゃん)

(ううん。ぶつかるなら、それはそれで面白いかな~って)

 そうだった。美香留は基本的にスポーツ脳なんだっけ。

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