第243話

 勉強熱心な恋姫が尋ねてくる。

「マーベラスプロの企画なのに、VCプロも参加してるんですか?」

「VCプロの社長さんが、もともとマーベラスプロでプロデューサーをやってたらしいんだ。そのひとがインディーズで独立したあとも、こうして関係を維持してるわけ」

 マネージャーの美玖も口を開いた。

「メジャーにはメジャーの、インディーズにはインディーズの利点があるのよ。それを互いに補って、持ちつ持たれつでやっていこうって話ね」

「なるほど……」

 話半分に聞いていたらしい里緒奈が、肩を竦める。

「持ちつ持たれつ、ねえ……。リオナたち、ほかのアイドルと接点ってなくない?」

「今は事務所同士の話をしてるのよ? あなた」

 菜々留は『僕』に視線を引っ掛けると、心底不思議そうに吐露した。

「Pくんなら、余所のアイドルにも手を出していそうなものなのに……ねえ?」

「正直に白状したほうが身のためですよ? あるんですか、ないんですか」

「ないよ! ないってば!」

 恋姫が菜々留の言動を鵜呑みにして、『僕』を責めるのも毎度のこと。

「――VCプロの私がどうしたって?」

 その毎度のように弁明に必死な『僕』に、誰かが声を掛けてきた。

「そっちは年下みたいだし、タメでいいだろ。なあ? SHINYのPさんよォ」

 眼鏡を掛けた、中性的な顔立ちの女性だ。いかにも皮肉屋めいた笑い方が、とっつきにくそうな印象を漂わせる。

「ええっと……あ! あなたが巽雲雀さんですね?」

「おう。私のことは『巽P』でいいぞ。雲雀……はやめてくれ」

 その雰囲気とは裏腹に愛らしい名前には、いささか抵抗がある様子で。

「初めまして、ひばりさん」

「話を聞け」

 マッチョな女性レスラーに『ミントちゃん』なんてのがいる世の中なのにネ。

「で……私の話をしていたようだが?」

「あ、はい。実は――」

 里緒奈たちも耳を傾ける中、『僕』は巽Pに相談を始めた。

 アイドルにとって楽曲の重要性は言わずもがな。これまでの活動の甲斐あって、SHINYは今年の夏、ついに念願のファーストアルバムをリリースできる。

 もちろん『僕』やメンバーにとっては思い入れのある曲ばかりだ。代表曲の『シャイニースマイル』は売り上げにおいてランクインも果たしている。

 しかしそれは余所のアイドルもやっていること。

 代わり映えのしないライブを続けていては、今に追い抜かれるだろう。

「デビューから一年、グループの方向性も固まってきたことですし……そろそろ次のステージへ弾みをつけなきゃいけないと思うんです」

「なるほどな。言いたいことはわかる」

 巽Pは頷くと、SHINYのメンバーを一瞥した。

「お前らはどうなんだ? 今の曲じゃ満足できねえってのか?」

「えぇーと、ミカルちゃんは……」

 美香留が口を開きかけるも、微妙な間が生じるだけ。

「……な、なんだっけ?」

「あなたは合流したばかりだもの。無理もないわ」

 代わって、恋姫が真剣な面持ちで続ける。

「どれも素晴らしい曲ばかりで満足しています。胸を張って歌えるのは、こっちの里緒奈や菜々留も同じでしょう。ですが、その愛着やプライドのために、なんと言いますか……新しい曲との出会いを拒絶するのは、間違ってるんじゃないかと……」

 決意表明のような言葉には、プロデューサーの『僕』も胸を打たれてしまった。

(恋姫ちゃんは特に歌が上手いもんなあ)

 アイドルとしての自負と、同等の責任感。

 里緒奈や菜々留にもそれは芽生えているはずで、そんな彼女たちの成長ぶりが嬉しい。

 巽Pがニヤリとやにさがった。

「悪くねえ。さすがマーペラスプロの人気アイドルじゃねえか、ハハッ」

 とはいえ初対面だけに、まだまだ信用する気にはなれないらしい。再びプロデューサーの『僕』を見据え、ストレートに探りを入れてくる。

「だが解せねえな。どうして私なんだ? マーベラスプロにゃ、お抱えの作曲家がいくらでもいるだろ。お前らくらい売れてりゃ、担当したがるやつも多いだろうに」

 実際のところ、『僕』たちにはその手段があった。

 SHINYは人気アイドルグループとして大成しつつあり、また『僕』はマーベラス芸能プロダクションの作曲家たちとコネクションを有している。

「ナナルも『シャイニースマイル』の作曲家さんに、また書いて欲しいって思うもの。それに、次はもっとSHINYらしい曲になるんじゃないかしら?」

「リオナも! まあ、巽さんの前でする話じゃないけどねー」

 マネージャーの美玖が口を挟んだ。

「でも大事なのは、ファンに楽しんでもらえるか……でしょ? アーティスト同士で慣れあってるだけじゃ、現状維持から先へは進めないわ」

「言うじゃねえか」

 巽Pは満足そうに首肯する。

「お前の本音も聞かせてくれよ、プロデューサー。なんでわざわざ、うちみたいなインディーズの芸能事務所に話を持ち込むのか」

 当然『僕』だって即答だ。

「あなたがスターライトプロからVCプロへ移ったのと、同じ理由ですよ。多分」

「へえ……」

 里緒奈たちは目を点にするものの、プロデューサーとしての意図は伝わったはず。

 確かにメジャーには資本力など、メジャーならではの強みがある。一方で、何かと制約が多いのもメジャーだ。

 それはビジネスとして正しいが、クリエイティブな活動を妨げもする。

 現にマーベラスプロがVCプロの独立を歓迎し、連携を維持するのも、そういった事情があってのこと。

「んまァ……私だからしてやれることはあるかも、な」

 最初のうちは『僕』たちを疑う気満々だった巽Pの態度も、徐々に軟化してきた。

「お前も知っての通り、私はスターライトプロの出身だ。マーペラスプロのお前らと関係を持って、手を広げるのもあり……か」

 『僕』はマネージャーの美玖に目配せする。

(前向きに検討してもらえそうだぞ)

(油断しないで。気難しそうなひとだから)

 とりあえず、巽Pに好印象を与えることは成功した。

 SHINYにとっても巽Pにとっても、今回の案件はリターンが大きい。それでいてリスクは少ないのだから、将来的には実りのある関係を築けるだろう。

「じゃあ、具体的なお話は――」

「待てっ!」

 ところが、まさにそのタイミングでの一喝だった。

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