第242話
やっとのことで危機を脱しつつ、午前中のスケジュールを消化して。
お昼ご飯を済ませたら、シャイニー号でイベント会場へ急ぐ。
「お兄様って、肝心なところでほんとヘタレよねー」
「それもお兄たまの魅力よ? 里緒奈ちゃん」
女性が優位のコミュニティにおいて、たったひとりの男子などディスられるだけの存在だ。しかしお風呂でニャンニャンさせてもらっているので、何も言えない。
この半月ですっかりSHINYに馴染んだ美香留が、『僕』を抱きかかえる。
「おにぃ……じゃなかった、Pにぃ? 次のお仕事って?」
「CDショップでファンイベントだよ。朝も言わなかったっけ」
「美香留は日が浅いから、無理もありませんよ。P君」
お茶で一服しつつ、恋姫がシャイニー号の中を見渡した。
「それよりいいんですか? キュートを乗せなくて」
「ええと、それは……」
マネージャーの美玖がしれっとノートパソコンを叩く。
「用事があるとかで、先に帰ったわ。午後の仕事はキュートの出番もないことだし」
「まあ、3人だったり4人だったりすることもあるもんねー」
里緒奈はさして気にせず、リリース済みのCDを聴きなおしていた。
彼女の言う通り、SHINYがフルメンバーで仕事に臨むことは意外に少ない。先日も里緒奈と美香留のふたりでスニーカーのCMを、といった具合にだ。
おかげで、キュートがいたりいなかったりすることも、ある程度は誤魔化せる。
とはいえ同じ寮に住むはずのキュートが、こうも別行動ばかりではおかしいわけで。割と新メンバーに気遣っているらしい恋姫が嘆息する。
「あの子、お買い物に誘っても、来てくれないのよね……。レンキたちに遠慮するような性格じゃない、とは思うんだけど」
一方で、菜々留はやんわりとキュートをフォロー。
「正体を隠さなくっちゃいけないから、色々と大変なのよ。ねえ? 美玖ちゃん」
「エッ?」
不意に話を振られ、妹の美玖が目を点にした。
プロデューサーの『僕』は押し黙り、今回も成り行きに任せる。
(やっぱり菜々留ちゃん、キュートの正体に気付いてるんじゃ……?)
しばらくして、シャイニー号は午後の会場へ到着した。
CDショップの大手、パワーレコード。このビルの最上階で、今日はマーベラスプロ主催の音楽系イベントが催される予定だ。
「SPIRALは来てないのね。刹那さんにお礼、言いたかったのに」
「火曜日に会えるよ。その時にでもゆっくり、さ」
すでに大勢の関係者が集まり、会場は熱気を孕んでいた。
アイドルにとって曲はビジュアルと同等か、それ以上に大事なものだろう。アイドル活動においても、CDの売り上げは大きな指針となる。
もちろんSHINYはマーペラスプロのアイドルグループの中でも上位に位置し、期待を寄せられつつあった。
ただ、SHINYはそこまで歌唱力が高いわけではない。恋姫が頭ひとつ抜けているものの、ほかのメンバーは及第点といったところ。
(練習したって、明松屋杏みたいに歌えるはずもないしなあ……)
だからこそ、プロデューサーの『僕』は凄腕の作曲家を求め、マーベラスプロを右往左往……じゃない、奔走。
しかし曲だけがよくても、まずかった。
要は相性――アイドルと曲、双方の方向性が一致してこそ、売り上げも伸びる。
「今日のイベントはね、アイドルグループとアーティストで、ベストなお相手を見つけようっていうのが主旨なんだ」
「じゃあじゃあ、この中の誰かがSHINYの曲を作ってくれるってこと?」
「うん。まあ、さすがに今年の夏には間に合わないだろーけどね」
表向きは情報交換ついでの交流会みたいなものだ。
けれども、あちこちでプロが虎視眈々と目を光らせている。それは間違いなかった。
(そろそろSHINYにも専属の作曲家が欲しいんだよなあ)
有栖川刹那のSPIRALが参加を見送った理由には、想像がつく。
仮にトップアイドルのSPIRALがこの場にいたら、作曲家たちはこぞってSPIRALと契約したがるだろう。
それは結果的にクオリティの低下や、無用な摩擦を招く。
『僕』としても、なるべく同業者と事を構えたくはなかった。だからといって尻込みしてしまっては、目的の曲も手に入らないわけで。
「みんな、そんなに気負わなくていいからね。勉強と思ってくれればさ」
「ナナルたちのお仕事は、取材を受けて……あとは挨拶まわりくらいだものね」
メンバーにはそう前置きしつつ、『僕』は星占いの導きに従った。
(VCプロの音楽プロデューサーが来てるはずだけど……)
里緒奈たちは興味津々に会場を眺めている。
「マーベラスプロってほんと、アイドルがたくさんいるのねー」
「これでもほんの一部よ。新しいグループだって、続々と出てくるんだから」
美玖の言葉に『僕』は少しぞっとしてしまった。
華やかなアイドル業界も、根っこのところは生存競争だ。生き残るためには勝ちあがるしかない。だから、先発のアイドルは追い抜かれまいと必死だし、後発のアイドルも追い抜こうと必死になる。
SHINYが進出したことで、チャンスを奪われたアイドルもいるだろう。
(こういう勝負事には、あんまり関わらせたくないよな。みんなを)
そんなことを考えながら、『僕』はお目当ての作曲家を探した。
バーチャル・コンテンツ・プロダクション――通称『VCプロ』で音楽全般を担当しているという、巽雲雀(たつみひばり)。その人物と関係を築き、作曲を依頼、もしくは作曲家を紹介してもらうのが今後の課題だ。
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