第238話
いくら『僕』の認識阻害があるといっても、里緒奈たちは有名なアイドルだ。『僕』の管理下でしか羽根を伸ばせず、窮屈な思いをさせている。
旅館を丸ごと貸し切れるなら、そういったしがらみを遮断したうえで寛げるだろう。
けれども美味しい話には、罠がつきもの。
「どうしてSHINYに便宜を図ってくれるの? SPIRALの刹那さんが」
あえてストレートに追及すると、刹那は怪しい薄ら笑みを浮かべた。
「だって……わたし、女の子が大好きなんだもの。特にアイドルの女の子なんて……すっごく可愛いじゃなぁい?」
志を同じとする『僕』も、笑みを含めずにいられない。
「そうだね。可愛い女の子のためなら……フフフ」
「フフフッ! ちゃんとわかってるじゃないの、あなたも」
彼女の本音を知ってしまった以上、せっかくのお誘いを断る理由などなかった。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。火曜の夜に一泊ってことだね」
「また連絡するわ。あの子たちにもよろしくね」
刹那はウインクを残し、『僕』の傍を離れていく。
(わかる……わかるよ、刹那さん。女の子が可愛いっていう、その気持ち!)
つまり彼女は単純かつ純粋に、SHINYのメンバーと仲良くなりたいわけだ。打算を抜きに『僕』は彼女に共感する。
やがて里緒奈たちが、何やら困惑気味に戻ってきた。ほかの出演者と同じパーカーを念入りに押さえながら、しきりに周囲を警戒したがる。
「き、着替えてきたわよ? Pクン……」
「スカートとそう変わらないはずなのに、スースーしちゃうわねえ」
そのパーカーの中は今、下着しか着けていないわけで……。
羞恥を怒りで誤魔化すように恋姫が眉を吊りあげた。
「何を考えてるんですか、P君! 正直に白状してください!」
「正直に白状されちゃったら、恋姫ちゃん、もっと恥ずかしくなると思うわよ?」
元気溌溂が取り柄の美香留も、里緒奈の背中にくっついている。
「ほ、ほんとにコレで撮影するんだ? みんな……」
撮影の前から、SHINYのメンバーはすっかり腰が引けていた。
今までにも仕事で水着を披露することはあったものの、下着となってはハードルが高いらしい。そんな彼女たちのため、プロデューサーの『僕』は力説する。
「安心してよ。今日の撮影は男子禁制だし、僕もみんなの下着は企画書のほうで目を通してるからさ。確か里緒奈ちゃんは赤で、菜々留ちゃんは黒……恋姫ちゃんが紫、あと美香留ちゃんがオレンジだっけ? うんうん」
「どうして憶えてるんですかっ! 変態……っ!」
フォローしたつもりが、恋姫はますます泣きそうになってしまった。
里緒奈が瞳を細くする。
「Pクンが選んだんじゃない……のよね? リオナたちの下着」
「え? そのほうがよかった?」
「Pくん? このフラグ、あとで回収する度胸あるの?」
菜々留の忠告に美香留は首を傾げた。
「何の話? で……キュートは?」
「あらあら、いないんじゃしょうがないわね。代打は美玖ちゃんに……」
「おおっ、おっまたせ~!」
仮面の少女が大慌てで滑り込んでくる。
キュートも分厚いパーカーの格好で、色気をひた隠しにしていた。恥ずかしそうに、それでも『僕』を上目遣いで見上げ、健気な笑みを綻ばせる。
「えへへ。今日はきゅーとのかっわいいとこ、お兄ちゃんにいっぱい見せたげるねっ」
『僕』の妹がこんなに可愛いわけないんですが……。
すると美香留も対抗して、『僕』ににじり寄ってくる。
「お、おにぃ! ミカルちゃんも頑張るから!」
「期待してるよ、美香留ちゃん。それよりキュートも、僕は今『女性』だからさ」
一方、里緒奈や恋姫の視線は冷たかった。
「……まあ、リオナたちの下着に興味があるっぽいのは、いいけどぉ……」
「レンキたち、P君に嵌められたのよ。嵌められたんだわ」
「恋姫ちゃん? 変な意味になっちゃうから、繰り返さないで?」
冗談めかして突っ込みつつ、菜々留がに~っこりと微笑む。
「ところでPくん? ナナルたち以外のセミヌードは絶対、見ちゃだめよ? ナナルとお兄たまの、や・く・そ・く」
その目は笑っていなかった。約束ではなく脅迫らしい。
「不可抗力で見えてしまう分には、ど、どうしたらいいのかな? 菜々留さん……」
「大丈夫だよ。お兄ちゃん」
キュートが得意の手品で妙なものを呼び出す。
うわあ……これ、知ってる。アイアンメイデンってやつ……。
「きゅーとたちの出番まで、お兄ちゃんはこの子と見詰めあっててねー」
(やっぱり美玖だ……容赦なしに僕を処刑しようってあたりが)
『僕』とて命は惜しいので、ずるいとは思ったが、ご褒美で先手を打つことにした。
「ま、まあまあ。さっきSPIRALの刹那さんが、SHINYを貸し切りの温泉に誘ってくれてさ。来週の火曜、レコーディングが終わったら……ね?」
里緒奈たちが瞳を輝かせる。
「温泉っ?」
「SPIRALがレンキたちを、ですか?」
本当にありがとう、刹那さん。おかげで命拾いしました。
いよいよ時間となり、ラブメイク・コレクションが開幕を迎える。
まずは主催者である呉羽陽子の挨拶から。
『本日はわたくしの企画のため、お集まりいただき――』
そして魅惑のファッションショーが始まった。
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