第236話

 翌朝、『僕』はまだ命があることを神に感謝。

 いつもの妖精さんの姿で、SHINYのメンバーに召集を掛ける。

「出発するよ! みんな、急いで~」

「……はぁーい」

 しかし今朝は里緒奈のテンションさえ低かった。

 美香留と菜々留がふたり掛かりで、往生際の悪い恋姫を引っ張り出そうとする。

「もう諦めなって、恋姫ちゃん! プロ意識がどーとか言ってたじゃん」

「無理よ! 無理無理っ!」

「自分だけ逃げようなんてだめよ? 恋姫ちゃん。ナナルたちは一心同体でしょう?」

 必死の抵抗も虚しく、恋姫はYの字で廊下を引きずられてきた。階段に差し掛かったところでようやく観念し、自ら起きあがる。

「ほんっとーにP君のせいですよ? わかってるんですかっ?」

「だ、だから……その件については話しあったじゃないか」

 その一部始終を、マネージャーの美玖は淡々と見守っていた。

「お仕事が終わったら、気が済むまで、兄さんをサッカーボールにでもバレーボールにでもすればいいじゃないの。そろそろ出発しないと」

 もとより真面目な恋姫は、ぐうの音も出ない。

「わ、わかってるのよ? レンキだって……もう行くしかないって」

「それより僕で球技大会を開催する件、もっと否定して欲しいんだけど……」

 里緒奈は腹を括るかのように言い切った。

「恥ずかしいのはリオナたちも同じなんだから。恋姫ちゃんも覚悟決めるっ!」

「うぐ……」

 それもそのはず、本日のSHINYは大変な山場を迎えている。

 世界的なファッションリーダーこと呉羽陽子によって毎年秋頃に発行される、ラブメイク・コレクション。その由緒あるカタログに、SHINYも出演することになったのだ。

 言うまでもなく、これはSHINYにとってビッグチャンスだった。

 過去にもラブメイク・コレクションをきっかけに大成した女優は多い。カタログの発売は秋とはいえ、この夏の追い風となるのは間違いないだろう。

 ただしラブメイク・コレクションで扱われるのは、レディースの下着。つまり里緒奈たちは今からセミヌードの撮影に臨むわけで……。

 男子の『僕』は声を上擦らせる。

「そ、そう心配しないでよ。現場は男子禁制だし、お、お仕事も増えると思うからさ」

 そんなプロデューサーにマネージャーがちくりと苦言を呈した。

「そりゃあ、兄さんが脱ぐわけじゃないものね」

「うっ」

 ラブメイク・コレクションへの参加は事後承諾になってしまっただけに、『僕』とて後ろめたい気持ちはある。

 美香留が不安そうに呟いた。

「あ……じゃあ、おにぃは今日のお仕事、一緒じゃないんだ?」

「さすがにね。いくら認識阻害の魔法があるといっても」

 当然、『僕』は撮影に同席しないつもりだった。体育教師だからといって、S女で更衣室に入ったりはしないのと同じこと。

 ところが、急に里緒奈が顔色を変えた。

「……Pクンってさあ、いつもセーラー服とかスクール水着とか体操着とか、いわゆるJK専ってやつでしょ?」

「え、ええと」

 異論ありまくりなのに反論できない。なぜだ。

 菜々留や恋姫、美香留も小さな輪になって、何やら内緒話を始める。

「やっぱりお兄様、ブルセラじゃないと……だから……」

「じゃあナナルたち、勝負下着を用意しても……」

「レンキはむしろ、お兄さんの反応が薄い気がするのだけど……」

「これって逆に……チャンスじゃん?」

 話はすぐにまとまったらしい。

 菜々留がぬいぐるみの『僕』ににっこりと微笑みかけた。

「なんたって今日はSHINYの正念場だもの。プロデューサーが不在じゃ締まらないと思うのよ、ナナル。だからPくんも一緒に来てくれないかしら」

「えっ? で、でも……」

 『僕』はたじろぐも、里緒奈まで口を揃える。

「何よぉ? Pクン、リオナたちの下着姿に興味ないわけ?」

「P君の病気を治すためです。レ、レンキも今日は頑張りますので……」

 恋姫も恋姫で、無理に自分を納得させようとしていた。

 マネージャーの美玖がジト目で『僕』を眇める。

「ミクは反対だけど。セミヌードの女の子だらけの場所に、こんな珍獣放すなんて……」

「美玖ちゃんはおにぃに冷たすぎっ! 美玖ちゃんは脱がないんだし、いいっしょ?」

 その美玖もキュートとして脱ぐんですが……。

 里緒奈が人差し指を立てる。

「ほら、いつもの魔法で女性のふりをすればいいじゃない?」

 それに対し、ぬいぐるみの『僕』はかぶりを振った。

「認識阻害はね、違和感がありすぎると効果がないんだよ。人間の男性に思わせることなら簡単だけど、それなら変身を解いてもいいわけで」

「えっと……おにぃ、どゆこと?」

 素人同然の美香留のため、魔導に造詣が深い美玖が続ける。

「つまり兄さんが女性プロデューサーとして今日の企画に同席するなら、まず兄さんが女性の格好をするなりして、認識阻害の齟齬を小さくしなくちゃいけないの」

「でも僕が女装したって、明らかに『オカマ』でしょ? それじゃあ認識阻害が上手く働かなくて、失敗するんだ」

「なるほど……」

 と、一発で理解してくれたのは恋姫。

「だったら、女装のクオリティを上げればいいんじゃないですか?」

「恋姫ちゃん? 今の自分の発言に疑問はないの?」

 案の定、この流れを面白がるメンバーがいた。

 里緒奈と菜々留が胸の高さで手を合わせる。

「任せてっ! お兄様を絶世の美女に仕立ててあげるわ」

「服は……そうねえ、美玖ちゃんのスーツじゃ小さいかしら?」

 さようなら、男らしい『僕』。

 女子が五人で男子はひとり――拒否権なんて、あるわけないじゃないか。

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