第233話

 美香留は『僕』を上目遣いで見上げ、微笑んだ。

「ミカルちゃんね、おにぃにお願いがふたつあるの」

「もちろん聞くよ。お願いって?」

「えっへっへ~。まずはぁ、ミカルちゃんとプリメ! 一緒に撮ろっ!」

 プリントメートくらいならお安い御用だ。

 『僕』は美香留と一緒にゲームセンターへ寄り、プリントメートの筐体を探す。

 放課後の時間帯に差し掛かったことで、中高生の姿も増えつつあった。しかし平日に制服でプリメを撮ろうという奇特なJKは少ないようで。

 がら空きの筐体を見つけ、コインを投入する。

「えーっと……これ、どうやるんだっけ?」

「僕に任せてよ。里緒奈ちゃんたちと何度か撮ってるから」

「今はミカルちゃんとデート中っしょ? ほかの女の子のお話なんてぇー」

 美香留は少し機嫌を損ねるも、フレームの選択画面で早くも夢中になってくれた。

「あっ、タメにゃん! おにぃ、タメにゃんのにして?」

「これだね。ほら、もっとこっちに」

 カメラの枠内に収まるように、『僕』は美香留の肩を抱き寄せる。

 唖然として、『僕』を見詰め返す美香留。

「あ……」

「っと、ごめん。彼氏気取りになっちゃったかな」

「う、ううん! 今日はデートだもんね」

 美香留のほうからも『僕』に身体を寄せ、カップルらしい構図になった。

 カウントとともに腕白な美香留がピースを決める。

「やった、やった! これでミカルちゃんもみんなに並んだ!」

「美香留ちゃんのプリメも部屋に張っとくよ」

 可愛い妹と一緒にプリメが撮れて、『僕』も嬉しかった。

 プリントメートの筐体を出たところで、次の客らしいグループと鉢合わせになる。

「おっと、待たせちゃいましたか? もう空きま……」

「げ……っ!」

 開口一番『げっ』などと口走ったのは、里緒奈だった。恋姫や菜々留、おまけに美玖まで同じサングラスを掛け、まるで尾行のスタイル。

「……何やってんの?」

「こ、これは……そう! 言い出したのは美玖ちゃんなの、お兄様!」

「勝手にミクを首謀者にしないでちょうだい。ミクは菜々留に言われて……」

「ち、違うのよ? お兄たま。悪いのは恋姫ちゃん!」

「にっこり笑って嘘をつかないでっ!」

 SHINYのメンバーは口論しつつ、速やかに引きあげていった。

「じっじゃあね、お兄様! リオナたち、お夕飯の食材買いに行くから!」

「あー、うん。気を付けて……」

 『僕』と美香留はあんぐりと口を開ける。

「ミカルちゃんたちのデート、ずっと尾行してたっぽいね。おにぃ」

「だろうね」

 尾行の事実が『僕』のハートにちょっぴり傷をつけた。

(そんなに信用ないのかなあ、僕……いくら何でも、デートの最中に美香留ちゃんをS女のプールへ連れ込んで、スクール水着を着せたりしないのに)

 里緒奈たちがいないのを確認したうえで、美香留がお願いの続きを要求してくる。

「それでね? おにぃ、ふたつめのお願い……だけど」

「ふたつあるって言ってたね。何?」

「ミカルちゃんとお風呂。一緒に入ろっ!」

 まさかの要求、いや欲求に『僕』は白目を剥きそうになった。

「――はい? 美香留ちゃん……それって、僕とお風呂に入りたいってこと?」

「だ、だから……そー言ってるじゃん」

 美香留は恥ずかしそうに赤面し、もじもじと指を編む。

「こないだ、キュートと一緒にお風呂入ってたっしょ? だからぁ、ミカルちゃんとも……それとも、おにぃにとってキュートは特別なの?」

「そ、そうじゃないって! お風呂なら全員と一緒に……あ」

 弁明に必死になるあまり、削岩機レベルで墓穴を掘ってしまった。

 美香留の視線が一気に手厳しいものになる。

「やっぱり! プリメだけじゃなくって、お風呂も!」

「どど、どうしてそれを……?」

「お風呂場にあんなソープマット置いてあったら、ミカルちゃんでもわかるってば」

 物的証拠はすでに押さえられていた。

「あと、おにぃのママさんが、お風呂とベッドは疑えってぇー」

「母さんは美香留ちゃんに何教えてんのっ?」

 頭が痛くなってくる。

 とにもかくにも言い訳の余地はなかった。美香留との混浴に抵抗があるとはいえ、舌先三寸の説得で美香留だけ遠ざけることも難しい。

「ま、まあ……美香留ちゃんは水着を着てお風呂……だよね? 当然」

「さすがに丸裸にはなれないってばー、ミカルちゃんも」

「それなら、うん。じゃあ今夜にでも……」

 曖昧なりに了解すると、美香留が笑みを弾ませる。

「ふたりだけの内緒にしようね、おにぃ! えへへ……おにぃとお風呂かあ」

 かくしてプロデューサーとアイドルのバスタイムは五回戦へ突入した。

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