第232話

「ミカルちゃんアターック!」

「ひいい~っ!」

 そのうえコントロールも完璧だった。コートの幅を最大限に活かしつつ、『僕』を右へ誘っては左へ揺さぶる。フェイントも巧みで、まったく対応できない。

 ……いやいや、そもそも羽根が天井近くまでバウンドするほどの威力だからね?

 魔法使いとはいえ一介の人間に過ぎない『僕』に、打つ手はないからね?

 しかし最たる障害は、絶妙なコントロールでもなければ、デタラメな威力でもなかった。美香留が意気揚々とショットを撃つたび、スカートが。

「み、美香留ちゃん? あのさ……」

「気を逸らそうったって、そうはいかないよーだっ!」

 風圧でミニのスカートが捲れあがり、橙色のストライプを曝け出す。

(縞々だなんて……!)

 いつもの『僕』だったら、目とともに心も奪われていたに違いなかった。

 縞模様は女体曲線を視覚的かつ効果的に浮かびあがらせることから、パンツとの相性は抜群。美香留の可愛いお尻もオレンジ色の縞々でなぞられ、その存在感を際立たせる。

 にもかかわらず、当の本人はパンツ丸見えに気付いておらず。

「ほらほら、おにぃ!」

「うわあっ?」

 またもレーザー光線が身体を掠め、『僕』は戦慄する。

 今のは真横から飛んできたような……美香留のショットは変幻自在なのか?


   「みみっ、美玖? なんで撃っちゃうのよ、あなた?」

   「なんか無性に腹が立ったの。兄さんに」


 結局、バドミントンは美香留のワンサイドゲームに終わった。

「手加減してくれたのぉ? おにぃ。別にいいのに~」

「いや、本当に歯が立たなかったんだ。さすがだね、美香留ちゃん」

 これがデートなら、彼氏の『僕』にもはや立つ瀬はなかったところ。しかし彼女が人間離れしているおかげで、それほど居心地は悪くない。

 むしろ命が助かったことに心底、ほっとする。

(よかった、美香留ちゃんが優しい子で……こんな火力でコークスクリューだのエルボーだの延髄蹴りだのシャイニングウィザードだの撃たれたら、僕でも死ぬぞ?)


   「「「「クシュンッ!」」」」


 近くで数人分のくしゃみが聞こえた。

「美香留ちゃん、汗かいてない? あっちでシャワーも使えるよ?」

「ぜーんぜん。これくらい、どうってことないもん。おにぃこそ、いいの?」

「帰ってからにするよ。ほとんど冷や汗だし……」

 『僕』たちはラケットを返却し、スポーツクラブをあとにする。

 コートのあちこちに残っていたショットの跡も、魔法で消しておいた。妖精さんの姿でなくとも、こういった後始末なら魔法の使用も許される。

「おにぃ、あれ、なんか漫画のやつ? ちょっと見ていこ?」

「原画展だね。美少女ゲ……男性向けの」

「え? こういうのって、女の子向けっしょ?」

 その後も『僕』と美香留は睦まじく腕を組んで、デートを楽しんだ。

 同じショッピングでも、里緒奈や菜々留たちとはやはり興味の方向が違うようで。洋服や小物には目もくれず、新作ゲームのPVに足を止めたりする。

(スポーツの次はゲームか……美香留ちゃんって、男の子っぽいとこあるよなあ)

 美香留の少女時代が少年時代そのものだったことを、『僕』は知っていた。魔法が使えないコンプレックスから、女性としての自信を失いかけた――それが美香留だ。

 そんな彼女が、今日は頑張ってスカートを穿いている。

 そのスカートを危なっかしく掴みながら、美香留はぽつりと呟いた。

「……ねえ、おにぃ? ミカルちゃん……その、ちゃんと女の子らしくなってる……?」

 心細いらしい声色に『僕』ははっとする。

「どこから見ても可愛い女の子だよ。どうしてそんなこと聞くの?」

「それは、えぇと……おにぃが男のひとだって知ったの、先週だから……ミカルちゃん、すっごい出遅れてる気がして……」

「出遅れてるなんてことないぞ? 美香留ちゃんは」

 彼女の不安を払拭してやりたい一心で、自然と口が動いた。

 きょとんとする美香留の肩を正面から押さえて、言葉にこそ力を込める。

「歌やダンスだけの話じゃないんだ。美香留ちゃんにはアイドルの素質がある」

「え? あの……おにぃ?」

「SHINYの新メンバーとして不安なのはわかるよ? でも大丈夫! 僕もしっかりフォローするから、むしろ追い抜いてやるくらいの気持ちでさ」

 プロデューサーの『僕』にしても、言葉ひとつでアイドルを葛藤から救えるなどと思ってはいなかった。しかし十分の一、百分の一でも彼女を楽にしてあげられるのなら。

「おにぃに大事なこと、全然伝わってない気がするんだけどぉ……まあいっか。おにぃ、ミカルちゃんのこと心配してくれてるんだよね?」

「心配というより応援、かな。僕もファンのひとりとして」

「……焦って損したかも」

 何か食い違いがあったらしい。


   「さっきの美玖ちゃんじゃないけど、腹立つくらい鈍いよねー。お兄様」

   「プロデューサー悩なのよ、お兄たまは」

   「レンキたちには引き分けか痛み分けしかないんだわ……はあ」

   「あなたたちの恋愛悩にミクを巻き込まないで」

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