第231話

「こんなにおっきいのミカルちゃん、初めて! おふちに入りひらないよぉー」

「そんなに焦らなくっても。時間はあるんだし、ゆっくりね」

 ほかの席でも、大学生らしいグループが思い思いに寛いでいた。ランチタイムの慌ただしさもそこそこに、店の中は和やかな雰囲気に包まれている。

 ポテトにも手を伸ばしながら、『僕』は相席の美香留に問いかけた。

「今日はお仕事のことは忘れて、何でも言ってよ。僕にできることならさ」

「えへへ、ありがとっ! おにぃ、だぁーい好き!」

 美香留の溌溂とした笑顔に、むしろ『僕』のほうが元気を与えられる。


   「あの懐きようはまるでキュートちゃんねえ。手強そうだわ」

   「……………」

   「どうしたのよ? 美玖。急に黙り込んだりして」


 単に器量がよいだけで一流のアイドルにはなれない。

 美香留のポテンシャルを垣間見ながら、『僕』は本日の予定を立てていく。

「ご飯食べたら、どうしよっか? 映画とか、ショッピングでも……」

 美香留が頬にソースをつけたまま声を弾ませた。

「おにぃ! ミカルちゃん、身体動かせるのがいいなあ」

「わかったよ。それよりほっぺ、ついてるぞ?」

「……へ? え、どっち?」

 幼稚園児でもあやすように、『僕』は美香留の頬をナプキンで優しく拭ってやる。


   「ぶっ「こ「ろ」

   「一文字ずつ担当しないで。ったく」


 また寒気がしたが、風邪でもひいているのだろうか。

 やがてハンバーガーを平らげ、『僕』たちは一緒に席を立った。

「身体を動かすなら……そうだなあ、ボーリングとか?」


   「嫌だわ、お兄たま。ナナルのデートと被ってるじゃないの、それ」

   「レンキのライフルよ? 返しなさいったら」


「それもやってみたいけどぉ。テニスとか、そーゆーやつ?」

「スポーツクラブに行ってから決めようか」

 冷やかし程度にウィンドウショッピングも楽しみながら、スポーツクラブを目指す。

 平日のお昼過ぎだけあって、スポーツクラブはがらがらだった。雑談に興じていた店員たちが、居住まいを正す。

「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」

「大丈夫です。会員ですんで」

 同じ系列のジムでトレーニングをすることもあるため、勝手はわかっているつもりだ。背伸びする美香留とともに設備の空きを確認し、手頃なスポーツに目をつける。

「おにぃ、バドミントンやろっ! バドミントン」

「いいよ。じゃあバドミントンで」

「ウェアの貸し出しはいかが致しますか?」

「えぇと……軽く流す程度だし、いらないかな」

 多少なりとも汗をかくため、美香留だけ着替えさせようかとは思ったものの……せっかくのおしゃれを否定するような真似はしたくないので、この格好で。

 鍵つきのロッカーに荷物を預け、『僕』たちはコートへ。

 ラケットと羽根を借り、ネット越しに対峙する。

「ルールとかテキトーでいいよね? おにぃ、いっくぞ~」

「いつでもおいで。美香留ちゃん」

「それじゃあ遠慮なく……ええーいっ!」

 美香留が羽根を垂直に放り、ラケットを振りかぶったのは、一瞬のこと。

 『僕』の足元をレーザー光線が掠めた。

「……ん?」

 カップルの甘酸っぱい空気は一転し、緊張感が高まっていく。

「ちゃんと本気出してよねー? おにぃはミカルちゃんより強いはずなんだから」

「ちちっ、ちょ! ちょっと待って?」

 慌てて『僕』は作戦を『いのちだいじに』に変更した。

「美香留ちゃん、バドミントンのルールは知ってる……よね?」

「当ったり前じゃん。相手のコートにコレを落としたほうの勝ち、っしょ?」

「そ、その通り……相手に羽根をぶつけてノックダウンさせる競技じゃない。ソウダネ」

 笑って相槌を打とうにも、表情筋が引きつる。

 魔法が使えないために、美香留はマギシュヴェルトで戦士系のスキルばかり磨いていたらしい。おかげで、ショットの威力は熱線にさえ達していた。

 本人にルールの理解があるのは幸いだが、『僕』は生き残れるのだろうか。

「じゃんじゃん行くよ、おにぃ!」

「ど……どんとこいっ!」

 けれども妹を相手に、まさか『手加減してくれ』とは言えなかった。

 『僕』はラケットを握り締め、小さなバーサーカーと相対する。

「必殺ぅ! ミカルちゃんスマーッシュ!」

 その弾道は明らかにおかしかった。

 美香留の背丈と、ネットの高さからして、『直線』をこちらのコートへ叩きつけることはできないはず。なのに美香留のショットは、毎度のように鋭い角度で攻めてくる。

 それこそ猛禽類が急降下で獲物を捕らえるかのように。

 せめてルールと同じく物理法則も守って欲しい。

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