第230話

 その数メートル後ろを、サングラスの一団が忍び足で追いかけていく。

 里緒奈たちは物陰から頭だけ重ねるように出し、前方のカップルを睨みつけた。

「なーにが『天使』よ! お兄様ったら……」

「サキュバスって誰のことかしら。まさかナナルじゃないわよねえ?」

「腕まで組んで……今日という今日はレンキも見損なったわ」

 一番下の段で、美玖はげんなりとする。

「どうしてミクまで一緒に尾行なんて……兄さんたちの好きにさせてあげれば、いいじゃない。あと全員、早くどいて」

 プロデューサーと美香留のデートを、里緒奈たちは認めたわけではなかった。

 恋姫がギターケースの中からマギシュヴェルト製のスナイパーライフルを取り出し、熟練のヒットマンさながらに弾を装填する。

「お兄さんが美香留をプールの更衣室かお風呂へ連れ込むようなら、レンキ、躊躇ったりしないわ。お義母さんにいただいた、この弾丸で……」

 菜々留も黒い笑みを絶やさなかった。

「待って? 恋姫ちゃん。お兄たまのお母さんに今、おかしな漢字を当てなかった?」

 ふたりに比べれば、里緒奈の反応はまだ正常かもしれない。

「プールよりホテルに連れ込まれるほうが、ヤバくない? その……ラ、ラブホテルってゆーの? ああいうの……」

 その視線の先には、場違いすぎるご立派な宮殿が聳え立っていた。


   休憩:5000円  宿泊:8000円


 具体的な想像に至ってしまったらしい恋姫が、スコープで狙いをつける。

「や、やっぱり今すぐ殺るわっ! 美香留を守らないと!」

「即死なんてだめよ、恋姫ちゃん。お兄たまには反省させなきゃ……でしょう?」

「そっ、そうよ! 万が一なんてことになったら……いや、お兄様が死んじゃうことじゃなくって? えぇと……あれ?」

 ついにはホテルに言及した里緒奈まで、錯乱を始める始末。

 美玖は早くも疲労感を引きずっていた。

「まったくもう……まあ心配するのもわかるけど」

「でしょ? お兄様のことだもん。美香留ちゃんにもスクール水着を強要したり……」

 しかし呆れながらも、マネージャーは里緒奈たちに一石を投じる。

「その場合は兄さんを八つ裂きにすれば済む話じゃないの。それより問題は、美香留があの兄さんに本気になることよ。すっかり舞いあがってるみたいだし」

「確かに……あの子、異性に免疫なさそうだものね」

「恋姫ちゃん? それ、ブーメラン発言って自覚あるの?」

 SHINYのメンバーは頭を低くして、問題のカップルをどこまでも注視した。

「ミクはもう帰っていいかしら」

「あらあら、何を言ってるの? 美玖ちゃんも本当は気になるんでしょう?」

「ええ、気が気でならないわ。あなたたちが兄さんを撃ち殺したりしないか、って」

 もはや聞く耳を持たない面々の嫉妬ぶりに、美玖は嘆息する。


 ぞくっと悪寒がしたのは、気のせいだろうか。

 それでも『僕』は美香留のため、デートに集中することに。

「ほんとにハンバーガーでいいの?」

「うんっ! なんか高校生のデートって感じだもん」

「まあ、美香留ちゃんが食べたいっていうなら」

 平日とはいえ、さすがに昼時の飲食店はどこも混んでいた。店のほうもランチタイムならではのサービスを提供し、客を集めている。

 ざっと見たところ、定食屋の類はスーツ姿のサラリーマンが多い。

 逆に中高生は学校があるため、それこそ『僕』たちのほかには見当たらなかった。交差点ではツーマンセルの警官が張っている。

(僕と一緒じゃなかったら、美香留ちゃん、補導されちゃってたかも……)

 もちろん美香留には、あらかじめ『僕』が認識阻害の魔法を掛けておいた。おかげで彼女は今、アイドルとも女子高生とも、ついでに爆乳とも認識されずに済む。

「おにぃ? ハンバーガーはあっちじゃないのぉ?」

「どうせならゴージャスなやつ食べようよ」

 『僕』は美香留を連れ、やや格式が高いとされるハンバーガーショップを訪れた。値段相応に美味しいことで、この一帯をテリトリーとしている人気の店だ。

 残念ながら、この街へ進出を目論む別のチェーン店は、近いうちに撤退を余儀なくされるだろう。結局のところ顧客の満足度は、安さよりも品質やサービスで決まる。

(アイドルも同じなんだよなあ……っと、今日はデートなんだっけ)

 そんなプロデューサー的思考を自戒しつつ、『僕』はカウンターで注文を済ませた。

 お値段が少々張る分、昼時でも割と入れるのも、この店のいいところ。3番テーブルで待っていると、ウェイトレスが物静かに『僕』たちのランチを運んでくる。

「お待たせしました」

「お~っ!」

 噂のダブルチーズバーガーを前にして、美香留は無邪気に興奮。

 ちなみに『僕』は栄養満点のフィッシュバーガー。ふわふわのポテト(Mサイズ)はふたりで仲良く分ける。


   「デートでハンバーガーって、レンキの時とおんなじ……っ!」

   「え? 恋姫ちゃん、お兄様とハンバーガーだったわけ?」


 誰かの歯軋りが聞こえたのは、また勘違いと思うことにして。

 幸せそうに美香留がハンバーガーにかじりつく。

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